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2006年2月のつぶやき



ドイ・ワーウィーのサクラ
写真撮影/提供:国井様、今川様

2月1日 踊るリス族の正月/2006年はフイサーン村に宿泊

1月30日夜間 宴たけなわ(大晦日)

1月31日 正月の朝は神木を囲み円舞

老いも若きも

リスの神棚

茅葺の家

宿泊先のオーナー・アリー、ワンカムホテル裏通り、HUSAカフェのオーナーです。
本当にお世話になりました。

新年の期間、アカ族ガイドとの5日間トレッキングに参加されたお客様によると、
夜な夜な精霊に祈りをささげるラフ族の声が午前3時まで続き、
まだ暗いうちから一番鶏の声に起こされ寝不足だったそうです。

神木とアリーの子供メイちゃん(フーサー山)

  2月2日  踊るラフ族の正月/宿泊は首長カレン&耳長パロン族の村

2泊3日 ラフ/雲南/リス族の正月ツアーの初日はラフ族の村訪問からスタート


カントーク(脚付きお膳)の上にあるのはラフ族の餅

宿泊は首長カレン族と耳長パロン族の村

熟年ガイド・ホーミー

つぶしたばかりのブタが食卓に

首長族・バーンパタナー村の朝

ゆで卵つくってます。

 

  2月5日 雨が降りました。

  昨夜雨が降りました。
  チェンライ建国の父、メンライ王のお祭りが1月末から昨夜まで開催されました。乾いたチェンライの冬を湿らせる雨は、どうもこの時期に降ることが多いようです。何か予感めいたものがあったのでしょうか。オフィス横の小部屋の屋根に一部穴が開いていたのを、大工を呼んで修理したのが昨日午後、その数時間後の雨でした。
  チェンライでは雨は縁起のよいもの。昨夜はバンコク支店のメックが1年ぶりに休暇をとり、恋人を伴いチェンライに帰郷してきました。社長のニットとバンコク担当のメックは幼馴染、小〜高校までの同級生です。
  2時間遅れのエア・アジア最終便で到着した後ナイトバザールで閉店まで食事。今日はブランチにリムコックのランチブッフェへとでかけました。その間もメックの携帯は鳴りっ放し。私たちの休暇も携帯に縛られ気が休まらないものですが、メックも体はチェンライにありながら、頭と心はバンコクから開放されずちょっとかわいそう。
  ですが、せめて20年後にはリタイヤしたいので今走れるうちに全力疾走しておかなければ。タイで老後の保障はゼロです。ちなみにバンコク支店の主な業務は内装工事全般です。バンコク及びパタヤのホテルやスパを手がけています。3年前は副業だったのですが現在はこれで食べています。
  ニットとメックは1997年にハウジングプロジェクトで大コケしていますので、バンコク支店を軌道に乗せることは彼らの夢でもあるようです。その大コケして人手にわたったハウジングプロジェクトは現在チェンライ近郊の有名ムーバーン(新興住宅地)となっています。やはり大きな事業に必要なのは資金力と緻密な計画。
  さて気になるメーサロンのサクラ、この雨で散ってしまったでしょうか?明日ドライバー:シアンの運転でメックが偵察してきます。

 

  2月8日  逆外国人料金

  バンコク支店のメックがつかの間の休暇を終え帰京しました。今回は休暇がメインで恋人のノン・ムー(ブタちゃん)連れだったので、チェンライ滞在中の宿としてコック川沿いの老舗リゾートDアイランドを手配しておきました。
  メックは当社の取締役ですが、ホテル側にそれを告げず一般客として予約をしました。この忙しい満室気味の時期にホテル側に余計な配慮をさせたくなかったことが大きな理由です。
  予約ファックスを送信すると数十分後に「宿泊客はタイ人か」との問い合わせがありました。ホテル側との契約料金は「外国人向け料金」なのでタイ人が宿泊する場合はそれプラス200Bになるという話でした。200Bx3泊=600Bの追加料金ですが私たちには痛い出費です。そこでメックは当社の取締役であること、タイ人名での予約が料金体系にそぐわず都合が悪いのなら法人名での予約に変更してほしいことを告げ、通常料金でのOKがでました。
  結果としてメックとノン・ムーは随分とアップグレードされてしまったようですが。
  そういえば昨年パタヤのホテルを予約する際にもニットの名前では特別料金の適用はできないので日本人の私名義で予約を入れなおすようホテル側から指示があり、大いに不満が残ったのでした。

 

  2月10日 そのミスは他人事ではない

  午前6時50分、欧米系旅行代理店の女性スタッフから電話がありました。「今すぐVIP車とガイド用意できますか?9時にチェンコンに到着しなければならない」というのですが。。。
  予約が落ちていたのでしょう。先月も1件、昨年後半も4、5件あったと思います。いずれも緊急の電話が当社に入り、ガイドが見つからないときはニット社長が走り回り(自分で運転&ガイド)なんとか対応しました。この代理店とは10年近くの付き合いになりますが、昨年はベテランスタッフが2人やめたり、専属ガイドが「このコース/ツアーは行きたくない」とごねて、J.トラベルにツアーがまわってきたりしたことが何度もあります。スタッフよりガイドが物知り顔で威張っている会社は居心地が悪いだろうなと思います。また士気が落ちるとミスもでるでしょう。
  結局今朝は助けてあげられませんでした。まず「チェンコンに9時到着必須」というのはラオス・ルアンパバーン行きボート乗船が目的でしょうか、9時には絶対に間に合いません。今朝一番のツアーは8時発ですので、ガイドとドライバーの出社は早くても7時半、チェンコンまでどんなに飛ばしても2時間はかかります。先方の条件はVIP車+英語ガイドですが短時間でその両方をそろえるのは不可能。「ガイドでジープや日本産乗用車をもっている者に連絡すれば?」「英語の少しわかるドライバー+VIP車ではダメ?」と提案しましたが、先方の答えはノー。
  うちならどうするか。とにかくボートに間に合うことが第一条件ですから、ボロジープでも乗り合いトラックの荷台でもチャーターしてとにかくチェンコンまで送り届ける。お詫びはチェンコン到着後、ボートに乗れることを確認したあとで、となるでしょう。
  私に電話をかけてくる前にもっと適任者がいるのです。この代理店のチェンライ支店長は欧米人と結婚している女性(ご主人はアジア統括責任者)ということでお客様にお詫びするにも適任、英語も堪能、おまけに車はボルボ。保身に走るよりも支店長の女性を走らせお客様を優先すればきっと解決できたミスでした。

 

  2月11日 本日の戦利品


  ニット社長が早朝のエアアジアで3日間のバンコク出張に出かけたのをいいことに、昼間から羽を伸ばしています。
  明日のツアーをある程度販売して後は季節の変わり目ショッピングです。

まずはおなじみタイ国産ブランド
「オリエンタルプリンセス」であっても無くてもいいようなものをいくつか。
スカルプケアシャンプー/コンディショナー/ヘアパック、
バジルとレモン配合のボディクリームなどなど。

  さらに夜はナイトバザールでヤオ族手織りのコットンシャツ2枚、同じくヤオ族手織りのシルクシャツ1枚、オカマちゃんの店で(1点ずつハンドメイド)半そでのジャケット1枚(ただいまお直し中)。極めつけは写真右の「モン族手刺繍のスカート」を年甲斐もなく買ってしまいました。これをはいて出勤できる職場はチェンライ広しといえどもツアー会社くらいですね。

2月1日で34歳になりました。

本物のモン族


偽モン族(左)

 

  2月12日 チェンライは3連休です


  午後10時半、超満室のチェンライ市内中心部ホテルになんとか部屋を確保しました。昨年7月J.トラベルをご利用いただいたお客様から「空港から市内に向かうタクシーの中なのですが、今晩の部屋がまだ無い」とのご連絡があったのは午後10時過ぎ。ウィアンイン、リムコック、ゴールデントライアングルイン、センプーは夕方の時点で既に満室でした。最後の砦、ワンカムホテルに問い合わせると、「無い」とのつれない返事。「本当に無いの?」としつこくきくと「電話で予約をうけてはいるが到着予定時刻を過ぎても客が現れない部屋が1室だけある」というではないですか。「とにかく今すぐ行くからその部屋J.トラベルに譲ってね」と夜の街を走り2分でワンカムホテルへ。
  ホテル前には中国人満載の大型バスが3台駐車しています。お客様もちょうどホテルに到着されたところだったので「もうお客様に販売しちゃいましたよ。」とチェックインカードを記入しやや強引に部屋の鍵を確保しました。
  チェンライは受け皿が狭いのですぐにいっぱいになるのです。明日は午前6時発のチェンコンへ送迎からスタート。5時半にはおきてドライバーにモーニングコール(起きたか確認コール)しなければ。

 

   2月13日  ツアー会社というのはトラブルがつきものですが


  今朝は5時半起床。6時発のチェンコン送迎担当ドライバーへ「起きたか、家をでたか」コールをすると携帯の電源が入っていません。二ット社長がバンコク出張につき不在のため万一の場合代役がききません。そこで急いで顔を洗いメイクをしてお客様の待つホテルへ夜の開けきれぬ暗い道を猛ダッシュ。5時55分ホテルへ到着するとブーンと走り去るトヨタ・スポーツライダーの後ろ姿を目にしホッとしました。
  午前8時半発ドイトゥンツアー担当ドライバーは出勤してくるなり「子供の面倒を見る人間がいない、どうしよう」。彼の奥さんは他県出身で子供は2歳過ぎ。勤務先のレストランに子連れで出勤してしまったとか。連休の中日のためドライバーは全て仕事が入っています。そこで8時過ぎにチェンコンに到着したドライバーをチェンセン経由でチェンライに向かわせ(チェンコン/チェンセンは1時間弱の距離)、ドイトゥンツアーは順路を逆にし、チェンセンのチェディルアン寺院で合流。ドライバーを交代させることにしました。
  無事交代したのか電話をいれると「子守が見つかったのでそのままツアー続行。チェンコンに行ったドライバーはチェンライに向かった」との報告がありひとまず安心。
  次なるトラブルは正午発予定のメーサロン/タートン送迎担当ドライバー。お客様との約束は正午でしたので10時半過ぎに出勤してきたドライバーを早めの昼食にだしました。ところが「気が変わった」と午前11時前にお客様がオフィスにやってきました。「今ドライバーはランチにでているので出発は予定通り正午に」とお願いしてもかなり不満気。そこでドライバーを呼び戻そうと携帯に電話すると私の机から呼び出し音が!充電中でした。たしかラープ(生の水牛肉をたたき、生き血と粒こしょう/唐辛子/にんにく等で合えた物)を食べるといっていたなと思い、

  これがラープです。

  ナイトバザール裏のバラック食堂まで全力疾走しドライバーを探しにでかけると「さっき出て行った」とのこと。あちこちドライバーの立ち寄りそうな場所に電話をしようやく11時45分に捉まえることができました。時間を変更したのはお客様の都合ですが、なんだかこちらが遅刻した気分。ツアー前にラープのようなおなかを壊す疑いのあるものを食べるな、と小言を少々。

 
  おまけに昨日1泊2日カレン族正月参加のトレッキングへと出かけたチェンライ最年長ガイド率いるオーストリア女性2名、スイス男性1名、ギリシャ男性2名。午後6時半過ぎに戻ってきました。ギリシャ人は今日中にバンコクへ向かうというのですが、最終のバスは午後7時半。チケットを買っていないというので荷造りをする彼らをオフィスに残し、バス停までまたまた全力疾走。なんとかチケットを手に入れバスに乗せることができました。
  ギリシャ語で「サヨナラ」は「サンダル」の意味ってご存知ですか?成田空港5年勤務のうち覚えたギリシャ語は「カリメーラ(おはよう)」と「サヨナラ(サンダル)」のわずか2語のみですが、この2語でもセールストークの際ギリシャ人ツーリストの心は結構つかめます。ギリシャ語を知っているチェンライのツアー会社は皆無ですからね。彼らからは「メイド・イン・ジャパン」という10年ほど前にギリシャではやったとかいう歌を繰り返し聞かされましたが、長すぎで覚えられませんでした。

 

  2月14日 ワインが飲めただけでもラッキーだったのか?


  昨日は 「2月13日 ワンマーカブチャー (万仏節)」のため、基本的に飲酒/アルコール類の販売が禁止されていました。ワンマーカブチャーとは?在東京タイ王国大使館のHPから引用すると 「陰暦3月の満月の日に釈迦がウェールワン寺院を訪れた際、悟りの境地に達した1,250人の弟子が偶然一堂に会したという奇跡的な出来事を祝う日で、人々は寺で説法を聞き、手にロウソクを持って本堂や仏道を3巡します。」という日なのだそうです。午後7時ごろには白装束の市民が我が社のあるチェンライのメインストリートを行進していました。
  この「衣装を着て山車などを引きパレード」というのは「仏教節に関係するもの/王族に関するもの/ロイカトーンなど年中行事に関するもの/中高等学校、専門学校、大学など主催のもの/その他チェンライ県や市が主催の公務員しかしらないもの」など年がら年中やってますので「またやってるな」程度の関心しかもてなくなってきました。
  連休3日間があまりに疲れたので昨夜は午後9時に店を閉めて「バイボン」という少しはずれのレストランに行きました。「騒々しくない生バンドと美味しい料理&持ち込みワイン」が目的だったのですが、バイボンでは「今日アルコールは販売できません・持込のものも呑めません」と見事に断られました。どうりで一組のお客さんしかいません。バイボンの隣の店でもNG。そこでいつものC&C(キャベツ&コンドーム)レストランに行くことにしました。このところ行き詰めているので少々食傷気味なのですが仕方ありません。
  思ったとおりC&Cではアルコールが通常通り販売されていました。このレストランは若者の姿があまりなく、田舎のチェンライの中では洗練された部類に入るのですが、昨日は入店するなり50歳はとうに過ぎた女性歌手により「昴」が熱唱されていました。続いて「北酒場」「骨まで愛して(タイ語バージョン)」テレサテンの中国語の歌などが続きます。お客様の中に日本人とタイ人のグループがいたせいだと思いますが。。そう、まるで新宿歌舞伎町のそれも午前0時を回った後のタイスナックに紛れ込んでしまったような雰囲気です。彼女のレパートリーはアジア圏にとどまらず「イスラエル」の歌も飛び出しました。
  下手にメロディーや歌詞のはっきりしない日本の曲を聴かされると妙なストレスがたまります。そこで久しぶりにカラオケがしたくなりウィアンインホテルのカラオケに行くことに。カラオケルームの扉の前にたってもシーンとしています。なんと昨日は店すら開けていませんでした。アルコールの入らないカラオケって(チェンライでは)ありえないですものね。
  というわけでかえって欲求不満がつのる結果になりました。昨日のC&Cは「プーヤイ」と呼ばれる町のお偉いさんの姿も無かったし、おばちゃん歌手のマイクをうばって歌っちゃえばよかったね、と後悔しきりでトボトボ歩いて帰りました。 

 

  2月15日 擬似オフロードツアー

  本日2台のトヨタ・スポーツライダー(7人乗り4WD)はチェンライのランドオペレーター?A社の孫請けツアーでツアーに出ました。欧米の会社がバンコクの支店にオーダーをだし、その下請けが現地法人のA社、そこからのオーダーがJ.トラベルなのですが。
  お客様は8人なので9人までなら1台のワゴン車で催行できるのですが、先方指定はスポーツライダー。理由はコースに首長族の村が入っているから。???
  この3,4年でチェンライ県内、特に山間部の道路状態は著しく改善されました。以前の情報では「オフロード/未舗装道路」となっているコースも幅広の立派な舗装路になっていたり、未舗装でも道幅が広げられていたり、所々補強されていたり、と雨季以外ワゴン車の入れない箇所は非常に少ないのが現実。
  ただタイ国外やバンコクで販売されているツアー(チェンライの実情を知らないお客様相手)の中には「オフロード車で首長族の村へ分け入る」というのが売り文句となっているものも多く存在します。そこで気分を盛り上げるためでしょうか、4WDの登場となるのです。
  首長族の村はチェンライ県内(正確には2箇所はチェンマイ県ですがチェンライからの方が近い)に3箇所、国境を越えミャンマー領タチレクに一箇所(レジーナホテル敷地内)、ミャンマー・中国国境モンラーに1箇所存在しますが、どこも例え雨季、大雨の中でも普通乗用車や車体の大きなワゴン車で十分たどり着けます。
  在日本やバンコクの旅行会社が販売するツアー案内を時折拝見すると、「ゴールデントライアングルで象にのってトレッキング」「山を歩いてメーサイにアクセスする」「秘境首長族」というものが目に付きます。これらのツアーが本当に売れた場合、下請けの会社はどう対応しているのか気の毒になります。
  第一メーサイ/ゴールデントライアングル/チェンセン/メーサロンは秘境でもこじんまりした町でもなく、「大観光地になってしまった田舎町」です。それはチェンライも然りです。だから「悪い」のではなく、チェンライは何もないのが取りえの街路樹が整備されゴミのあまり落ちていない美しい町ですし、メーサイはその猥雑さが楽しく、ゴールデントライアングルやメーサロンにもそれぞれ変化の途上のよさがあります。
  ちなみに2年前の法改正で首長族の一部の人たちも現時点では外国人登録をし、労働許可を持ち、合法的に滞在しています。昨年「ヤパ村」では出産ラッシュでしたが、月に一度パーン郡の公立病院まで妊娠中の定期健診に通っていました。
  以前タイ南部の島でダイビングをした際に現地のインストラクターから「透明度は伊豆並みなので期待しないでくださいね」と聞かされ白けた気分になりましたが、潜ってみると「予想したよりははるかにきれい」で逆によい思い出となりました。首長族に対する旅行者の思いに水をさす記事かもしれませんが、現実です。

 

  2月17日 

  来週初め某大手総合商社のお客様をラオス国境ノンカイまでお迎えにあがり、ミャンマー国境メーサイまでお送りすることになっています。メーサイ/タチレクから先のチェントン経由モンラーも当初当社の車で催行する予定でしたが、昨今のミャンマー情勢を考慮し政府系旅行代理店ミャンマーツアーに委託することにしました。昨日はその最終確認とデポジット払いのためタチレクに行ってきました。
  タチレクに「遊びに行く」場合、タイ国籍以外は5ドルまたは250Bのミャンマービザ代が必要です。ですがミャンマーツアー事務所にのみ用がある場合、ビザ代なんて払いたくありません。タイ側を出国扱いされると必然的にミャンマーに入国しなければなりませんのでビザ代がかかる。。そこでいかにタイの入管を通らずに国境を抜けるかがポイントとなります。
  タイはいい加減な国に見えて、実際は書類や形式にうるさい国です。裏を返せばそれらしい書類を作れば堂々とイレギュラーなことができるのです。「VIP旅行者ミャンマー旅行に伴う便宜供与のためミャンマーツアーと打ちあわせが必要。○月×日△時前後特別通過許可を申請する。なお滞在時間は1時間ほど、行動範囲はミャンマーツアー事務所に限定」などなどもっともらしい書類を作って入管に提出します。再度タイ側に戻る場合はミャンマーツアーのマネージャーにサインと認証印をもらったものを提出し通過します。
  メーサイ手前10キロほどのところで橋桁工事をしていました。国道1号線は通行できず、タム・ルアン(ビッグ・ケーブ)洞窟付近が迂回路となっていました。ちょうど女性の横顔にみえる「スリーピングレディー」の山裾の農道を抜けるのですが、一面のパイナップル畑に鈴なりのミカン山。少々時間はかかりますがメーサイへ直行するよりも楽しいドライブとなりました。

 

  2月18日 チェンライでクレジットカードを作る

  ほぼ毎日3,4箇所の銀行に行きます。どの銀行も定期預金/クレジットカード/各種保険への勧誘活動に力を入れていて、窓口での通常業務の合間に行員名/連絡先の記入されたパンフレットをポロポロ手渡されます。中には通常の3倍の利子を約束する定期預金の案内もありますが、最低預金額が月10,000B〜でこれはちょっと無理。日本円に換算すると30,000円強ですが、チェンライの大卒初任給の1.5倍近い額です。
  外国人がタイでクレジットカードを作る場合、雇用元である企業の信用に基づいて発行されると思います。私は自分で自分を雇っているようなものなので私の信用=会社への評価/信用となります。そこで試しに申請してみることにしました。(今持っているタイ発行のクレジットカードはどれもニット社長の口座から作ったファミリーカードです。)
 カード作成に持参した書類は次のとおり

 1.会社登記証
 2.労働許可書
 3.婚姻登録証
 4.同銀行にある当社口座の過去半年分のステイトメント
 5.同銀行にある普通及び定期預金口座通帳
 6.パスポート/配偶者のタビアンバーンとID写し
 7.納税証明書                        等々

  申請書の質問には次のような項目がありました。最終学歴/持ち家か否か、持ち家であれば評価額はいくらか/戸建、マンション、タウンハウスの別/配偶者の職業、収入/自身の収入並びに特別収入の額。
  お国柄だな、と思ったのは勤務先記入欄に「勤務年数1年未満の場合は前職も記入」との注意書き。勤務年数1年未満って信用が限りなくゼロに近いのでは、と思いますが。。
  
  発行されたカード使用限度額は100,000Bでした。最低は30,000Bからでしょうから、まあ妥当な線です。

 

  2月20日 銃を所持したまま銀行に入る軍人がいる!

  月曜日ですので朝から5箇所の銀行に行きました。窓口は混んでいるし、外は熱射病になりそうなくらい暑いし、で銀行回りも楽じゃありません。
  そのうち2箇所の銀行で銃を右太ももに巻きつけたまま順番待ちをする軍人を見ました。それも私のすぐ前に並んでいるのです。癖なのか、しきりと銃に手をかけます。なんとなく気味が悪いので一歩踏み出さないと届かない程度に距離を保って並んでいると、今度は背後のタイ人が吐く息がかかるくらい接近してきます。これは別の意味で気持ち悪い。。(チェンライ人は他人との間隔が狭い。肩が触れそうなくらい近づいてきます。)
  まさか入り口に預けるわけにはいかないでしょうが、銃を所持したまま銀行にはいるなんて。何も勤務中に銀行に来なくても、それも2箇所も。順番待ちの間いろんなことが頭を駆け巡りましたが、よく考えてみると親戚の軍人や警察官たちもいつも銃を持っていました。既知の間柄では銃を持っているから「あのおじさん怖い」ということはなく、知らない人が銃を持っていることが怖いのでした。

 

 2月22日 ミャンマーに行って帰ってきました。

  ミャンマー入りされるお客様をお見送りするため朝からメーサイ・タチレク国境に行ってきました。ある大手総合商社の研修旅行なのですが、「アジアの物流ルートを知る」ことがその目的のひとつのようで、「陸路」ベトナム/ラオス/タイ/ミャンマーと移動されています。J.トラベルはラオス国境のノンカイからピサヌローク経由メーサイのタイ領、タチレク/チェイントン/モンラー(マインラー)のミャンマー領を担当しました。タイ国内はシアンとジェームス2名のドライバーが担当です。
  シアンは何度もタチレク/モンラーを往復していますし、ジェームスは父親の仕事の関係(チェントン郊外の道路工事を請け負っていました)でチェントンに2年ほど滞在したことがあります。したがって当初ミャンマー領へも自車で乗り入れる予定でした。
  ところが昨年末からこのエリアでタイのツアー会社車両がトラブルに見舞われてることが直前になって発覚し、万全を期すためミャンマー籍の車両に政府公認ミャンマー人ガイドをつけ催行することにしました。トラブルはモンラーから入った中国領内で一件、ミャンマー領内で一件発生していて、そのうち中国領のものはまだ解決していません。事故を起こした車両がドライバーともどもタイ側へ戻れない、といったものです。想像しただけでも恐ろしい。
  ミャンマー側の手配は「かなり」割高になりますが全て政府系旅行代理店ミャンマートラベルに委託し行ないました。道中のお守り代わりその1です。ガイドとしてこちらのアシスタント・マネージャーが同行、今日はお客様が宿泊されたタイ国内のホテルまで国境を越えてお迎えに来ました。タチレクにいるミャンマー人にはタイ族が多く、カム・ムアン(北タイ訛りのタイ語)を解する人が多いのですが、このガイドはタイ語不可、英語/日本語ガイドです。道中のお守り代わりその2として同行してもらうのですから何語ガイドでもいいのですが。ちなみにタイ国内で使用した車両にも「内閣官房室」というステッカーを貼ったものを採用しました。バンコクから時折やってくるお偉いさんを迎えに行くとき用に貼ってあります。
  余談ですがジェームスの父親の道路工事車両数台もミャンマーから持ち出せないでいます。もう6,7年になるでしょうか。政権を掌握している人物が変わり政策がかわる国というのはやっかいです。損害は700万B以上になります。

 

  2月24日 象に乗って誕生日パーティー

  自分のお誕生日にご友人を招待したい、と1月以上も前からご依頼のあった本日の象乗りトレッキング。11頭の象(20名+ガイド)でエレファントトレックCコースをご案内するのは社長のニットです。なんと今週はエージェントや古いお客様からの指名を受け、トレッキングガイドとして3度もツアーにでています。
  コック川沿いの新リゾートホテル(レジェンド)のプールサイドからプライベートボートでスタートしました。

 「11頭の象を撮ってきてね」とカメラを渡したのですが、どのショットを見ても最高3頭しか写っていません。 入りきらないんだよね、と。


うちのカメラ、パノラマ機能がないのです。

 

  2月25日 解散総選挙

  昨日夕方タクシン首相が退陣/4月2日総選挙を発表しました。タクシン首相の功罪については様々なメディアやタイ関連のHPでのべられています。お膝元である北タイ(タクシンはチェンマイ人です)、その中でも最も手堅い票田はチャオバーンと呼ばれる庶民/農民とタイ人社会で一人前扱いされていない山岳民族でしょう。
  これらの人たちの日常生活はタクシンからの現金の恩恵なくしてなりたちません。農民への貸付(無利息1年2〜3万B)、村おこし政策の一環という建前のOTOP(一村一品運動)へのばら撒き、「万人に電気を」をスローガンとした貧困救済ソーラー発電装置の無期限無料貸し出し/設置、また昨年チェンマイを襲った大規模水害被災地への迅速な慰問、莫大な援助金などなど、彼無くして誰がタイの端っこの数県にこれほどの手厚い援助を引っ張ってこられるでしょうか。・・・というのはチェンライ庶民に植え付けられた政府に対する感情。
  日帰りや宿泊を伴うトレッキングで訪れるラフ族の村数箇所にも昨年から相次いでソーラー発電装置が設置されました。おかげで夜間はステレオやテレビからの大音響ではなはだ雰囲気が悪いとツアー客からクレームが絶えない村も出る始末ですが。彼らがほんの少し豊かになり、近隣の村同様便利な生活を望みそれを得た事に対し、誰も文句などいえないと思います。2年前ある村へ続く道路を修繕しようとしたところ「『車の通行できない道、電気のない村』が観光客への『売り』なのだから余計なことをするな」とのたまったガイドがいましたが。
  「ばら撒き」といわれますが、政策無きばら撒きをしてもらってようやくなんらかの援助にありつけ最低限度の生活が送れることになった人たちがチェンライの農村部/山間部には何十万人といます。彼らはタクシン率いる現政権にノーとは言えないでしょう。
  チェンライ市長とチェンライ県知事(日本の知事とは職域が少々異なります)夫婦は市街地の緑化には非常に力を入れ、妹の会社に委託し街路樹の定期的な植え替えに熱心ですが、山岳民族にはあきれるほど無関心。そんな彼らはタイラックタイ(タイ愛国党)所属ではありません。私利私欲無く貧困救済に関心をもった政党など今のタイにあるのでしょうか。
  私は片田舎のチェンライに住み「チャオバーン」に囲まれて生活していますので、バンコクの一部インテリ層に100%共感はできません。タイの在り方、未来よりも、明日の米/子供の学費/隣も持っているからほしいバイク/携帯電話を欲する人たちがチェンライには9割以上います。各種パフォーマンス、メディア操作などで庶民層のハートをがっちりつかむ形振りかまわぬタクシンの姿はみっともなく映るかもしれませんが、少なくとも口先ばかりで行動力の伴わない、パフォーマンスもトンチンカン、災害時や緊急時に映画をみていたり休暇を返上しないどこかの首相よりはかなりましに映ります。
  都市部や深南部の人間でない限り、タクシンとタイラックタイを以外の選択肢は思いつかないのでは?昨夜の声を枯らした首相の会見にもその自信のほどが見え隠れしました。

 

  2月26日 「タクシン応援の記帳開始」

  タクシン首相の辞任から一夜明け、はやチェンライ市街地入り口には午前のうちに次のような看板が設置されていました。

「ソンティ(反タクシンの急先鋒)ライ・ナヨック・オーク/レオ・パイ・ジャ・チュアイ・コントゥック」チェンライ訛りのタイ語看板。標準語では「ソンティ・ライ・ナヨック・オーク(ソンティ氏は首相をやめさせようとするけれど)、レオ・クライ・ジャ・チュアイ・コンチョン(彼無くして誰が貧乏人を救ってくれるの?)」。

   この看板を設置したのはチェンライ・タイラックタイ(愛国党)所属の若手二世政治家ゴップ(カエル)氏。奥さんが経営するITDプラザ(コンピュータープラザ)正面の店舗に大きく看板を掲げ、店舗一階ではタクシン賛同者の記帳を始めました。
  またメーファールアン大学前でも「タクシン・スー・スー(がんばれタクシン)」という横断幕が貼られていました。
  看板って一晩で描けるものなのでしょうか??あらかじめ用意されていた??
  チェンライから20分以上も離れたメーファールアン大学付近にはわざわざ日本食を食べに行きました。今日で2度目ですが、お目当ての食堂は見当たりません。仕方なくラチャパット大学裏の池のほとりで川魚ランチにしました。 

 

 2月27日 「ブログ始めました」

  日本在住の方には直接関係ないのですが、実は1月末よりタイの大手ブロバイダーcsloxinfoからこのサイトへのアクセスが出来なくなっています。バンコクにお住まいのお客様からは「営業してるか気になって」と来店いただく始末。現在原因不明、復旧も目処たたず、といったところです。
  というわけで主にタイ国内向けに「営業していますよ」とアピールする目的でブログを始めることにしました。2年前の勢いはどこへやら、現状ではひとつのサイトすら毎日更新ができていないのですが、これを機会にまたマメに更新したいとおもっています。
  チェンライマニアの方ならお気づきでしょうが、チェンライ関連の複数のブログには新参者の入る余地のないほどマニアックでディープでコアなおかつ正確な情報が溢れてます。私も毎日それらのブログから情報をいただいているわけです。前人と内容の重ならないブログを、と逆にチェンライ入門編ブログにする予定ですので、ご高覧ください。
  本日はブログ登録、作成でダウン。もっとも昼間はワット・ロンクン寺院に2度もお客様をご案内して、あまりの暑さに参っているせいもありますが。

 

  2月28日 「昼寝とプロポリス」

  バンコクのお得意様よりメールが。「休みがなくて、寝てなくて、口内炎だらけで、しんどい。。」1年近くお目にかかってませんが、皆様お元気でしょうか??ただいま深夜、日付も代わろうとしていますが、私もほそぼそ/コツコツとなんとかやっています。
  夜は遅く朝は早いですが、零細ながらも自営業。ああ、もうだめだと思うとさっさと鍵をかけて昼寝することにしています。今日も午後3時から1時間ほど寝てしまいました。
  昼寝以外にもパワーの源があります。メーサロンの母からもらったプロポリスカプセル。「産後抜け毛がひどく、体力もないし、、どうしよう」と泣きついたところ、勧められたものです。メーサロンのアマー(母)いわく「アマーなんて、今じゃ飲む必要ないくらい元気よ。髪だって多すぎて困ってるんだから」4人の子供を育て上げ、アメリカやオーストラリアへまで留学させた母は強し。この人です。↓

プロポリスが効いているのかわかりませんが、髪も体力も回復しました。プロポリスを含む栄養補助食品、メーサロンまでいかなくてもナイトバザール/スーパービッグC/空港内で購入可能です。

 こんなものが欲しい方はメーサロンへどうぞ。

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Mar 2006

Not enjoyable can be refund

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