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2005年7月のつぶやき


 7月3日 「私たちが必要とするもの」

  今年度中に支援を検討しているカレン村の私設幼稚園から届いたリストです。
この幼稚園の抱える根本的問題は、正式な認可を受けた施設ではないため、行政からの援助がほとんど期待できないことです。備品購入及び設備維持のため現在保護者から徴収している月謝は園児一人当たり「20B/60円」しかなく、(2005年7月現在園児37名前後)満足な補充ができません。行政からの援助は給食費(10Bx32人分/1日あたり)〜この320B/約1,000円弱は40人分の食費(うち100B強は給食のおばさん用日当)となります〜と教員給与(月7,000B一人当たり)。

  1.白チョーク 10ダース
  2.黒板消し 5個
  3.あいうえお / ABC / 国旗 / 民族 / 地図 表
  4.本(説話、童話) 堅表紙のもの カラー、音がでるものなど
  5.その他教材
  6.ノート 10ダース
  7.消しゴム 3ダース
  8.鉛筆 5ダース
  9.ものさし(小) 40本
  10.お絵かき帳 50冊
  11.絵の具 40セット
  12.教材作成用カラーボード 1m×1m 3枚
  13.鉛筆削り(机備え付け用) 4つ
  14.体重計 1つ
  15.ドリル あいうえお、ABC、数字(1−100) 40セット
  16.ハブラシ 40セット
  17.歯磨き粉 10ダース
  18.飲料水用ポット(ろ過できるとなおよい) 2つ
  19.常備薬と薬箱 
  20.指人形 1つ
  21.脳の発育に役立つもの(ブロック、積み木など)
  22.ポスター(植物、動物、生物)
  23.ジグソーパズルなど
  24.各種百科事典
  25.体操服
  26.勉強机とイス
  27.ゲーム類(物語、歌)
  28.VCD、DVD,漫画
  29.書類整理棚
  30.屋外遊具(ブランコ、木馬、シーソー)
  31.フェイスタオル 40枚
  32.歯磨き用コップ 40個
  33.A4紙 5パック
  34.寝具等整理棚
  35.蝋紙、パラフィン紙 2ダース
  36.楽器
  37.遊具整理箱
  38.その他整理棚
  39.果物や動物をかたちどったおもちゃ
  40.教師用書類ファイル(園児記録用)
  41.教室の装飾用写真、絵
  42.昼寝用寝具 
  43.衣服
  44.制服
  45.その他


 

  7月5日    「こんなに大変〜田舎の人と田舎の行政」

  昨日チェンライ近郊のP郡からほとほと疲れ果てた男性が来ました。彼の抱える問題は次のとおりです。
  娘さんが日本に出稼ぎに行き、九州地方で日本人と結婚、一子を儲ける。4年前に他界するもタイ側戸籍未だ未処理。男性の要望は「タイ側で死亡届けを出し、村の互助会から死亡見舞金(6万B強/約18万円)を受け取りたい」です。男性の手元にあるのはボロボロの戸籍謄本1部のみ。
  本来とるべき手続きの流れ
1. 日本から死亡事実の記載された戸籍、ご主人のパスポートコピー、領事館代理出頭用の委任状、認印を取り寄せる。
2. チェンマイ領事館から戸籍に基づき死亡証明を英文で発行。
3. 英文からタイ語へ翻訳。翻訳したものをバンコクのタイ外務省で翻訳認証。
4. 認証済みのタイ語訳文を持ってタイの管轄役場へ出頭。死亡報告完了。
  
  不幸なことにその男性はP郡役場にまず相談。役場の窓口でバンコクのタイ外務省に行くよう指示。(タイ外務省から在日本タイ大使館領事部を通じ日本の役場へ死亡事実の照会を希望)。タイ外務省、当たり前のことながら日本への照会を拒否、チェンマイの日本領事館へ行くよう指示。チェンマイの領事館で書類不備(ご主人のパスポートコピー、領事館代理出頭用の委任状、認印)を指摘され再出頭要請。弱り果てて当社へ相談。
  男性がアンラッキーだったのはタイの田舎の役場に相談したことです。おそらく日本の役場なら「窓口限りで回答不可能(前例がない、取り扱いがわからない)上司に相談法務局なり入管局なりの上位官庁に相談」という流れを踏み相談者にアドバイスすると思います。タイの役人は「わからない、知らない」と認めるのを大変嫌います。したがって十中八九彼ら窓口の安易な判断、認識不足によるトンチンカンな回答に田舎の人(チャオバーン)は振り回され、右往左往します。当初の相談時に役場が「日本領事館に相談するよう」案内をしていたら、バンコクまで出かける必要はなかったし、チェンマイ領事館で適切な案内を得られていたと思います。
  この男性、常設電話/携帯電話ともになく、標準タイ語も不自由。チェンマイはおろかチェンライへ出てくるのも乗り合いトラックを乗り継ぎやっと、といった典型的な田舎の人です。P役場助役から「タイ語訳さえ持参すれば(自分の一存で)処理してやるから訳して来い」との言質をとった、というので当該役場長に直接電話で確認すると「私的に翻訳したものは認められない。正規の流れ(上記1〜4)を踏むこと」との回答でした。そういえば1,2年前に別のP役場でも私的な翻訳書類を添付した偽の死亡証明が受理され、遡って処分取り消し、行政監察が入った案件がありました。。
  今「やっぱり正規の手続きしかないですよ」と伝えるため男性の向かいの家に電話をして、呼び出してもらっている最中です。

 

  7月7日   「研修生受け入れ…ません」

  タイの大学や専門学校、職業訓練校には課外学習の単位を設け、就学中に企業などで研修する制度があります。J.トラベルでは1年以上前から「研修生受け入れません。」と張り紙をしています。理由は業務多忙のためと、チェンライの学生全般に対して愛想がつきているからです。
  この3年間で皆さんにお世話になったのは、2002年9月〜翌2月のノン・ヌン(現在3年目の新人ガイド)。2003年1〜4月、アチワ職業専門学校の女子学生4人組(このうちのリーダー各アーちゃんはチェンマイ・メージョー大学に編入後もクラスメイト5人を引き連れ、昨年再度短期の研修に来ました)。2003年10月〜翌2月のアップル。アップルはラチャパット大学生でしたが、バンコク生まれでウタラディット育ち。中国系マレーシア人とのハーフです。ハンガリー、プーケット、バンコクでも研修経験のある大変優秀な生徒でした。そして2005年1〜4月のピサヌローク・国立ナレスワン大学男子学生3人組(キップ、ノック、ビル)。
  研修生受け入れ拒否を各大学等に伝え、表に張り紙をしたのはアップル受け入れの前でしたが、アップルとキップ、ノック、ビルは教授の推薦があまりに強かったり、強力なコネがあったり(キップの父親はニット社長が相談役を務めているDr.ピタック副大臣)で断れませんでした。一緒に楽しい時間を過ごすことができ結果的にも受け入れてよかったと思う学生たちです。
  その一方この3年間のうち研修途中で首にした学生は5人います(R大学2、M大学2、A専門学校1)。私語や私用電話、常にお菓子を食べる、友人が遊びに来る、居眠り、遅刻、無断欠勤、嘘をつく、預けた金の無断流用など、日本人の感覚からするととんでもないのです。ですが、チェンライでは正規の従業員も50歩100歩の勤務態度なので、彼らに注意しても「何が悪いのかわからない」と一向に改まりません。
  他の会社からは「メッセンジャー(ご用聞き/雑用係り)代わりにはなるから便利よ」とよく言われますが、そんなチェンライの学生を一から仕込んでみよう、という気力が沸かない間は当分「受け入れ拒否」の張り紙ははがせません。張り紙を見てもなお「研修したい」といってくる学生には「成績表、研修履歴、担当教官の推薦状」を持参するよう告げますが、誰一人として持ってきた人はいません。前述のアップルは2度断りながらも上記書類を揃えてきました。要はやる気、強い意思があるか否かを問うているだけなんですけどね。英語なんて話せなくても、根性があり魅力があれば、いくらでも時間を割いて教えるのですが。


左から アップル(プーケット・スリンビーチ 新規オープンのリゾートホテル勤務)/キップ(ニュージーランド留学を控え自宅待機/ノック&ビル (モラトリアム中) 


  7月9日   「明太子と博多ラーメン」

  タイ語学校の同級生と以前の職場の後輩とがチェンライに遊びに来ました。日本を出るときに成田空港で見送ってもらって以来ですので3年ぶりの再会でした。お土産にもらった明太子と博多ラーメンとで朝から幸せな食卓です。午前10時半を過ぎたころからラーメンが食べたくてそわそわ。タイで暮らしてそろそろ3年。日常の食べものには飽き飽きしていたところに日本の生ラーメン。残り4食大事に食べます。
  ところでタイ語学校の友人は訪タイ20数回ながら初のチェンライでした。コック川沿いで夕食をとっていると共通の恩師S先生から電話がありました。チェンライ出身のS先生はチェンマイ大学を卒業後、バンコクの英字新聞社で2年弱働いた後日本留学6年。在東京タイ大使館に2年勤務し私より3ヶ月早くタイに帰国しました。どうやらチェンライが恋しい様子です。「M大学の教授って給料いくらくらいかなー」「2万Bも貰ってないんじゃないの?」「えー。そんなに少ないの。。。」
  チェンライでは自営業以外で満足のいく報酬を得ることは大変困難です。チェンライ人が帰りたくても帰れない要因のひとつです。
  友人のタイ語名は有名な高僧と同じです。友人をホテルまで迎えにいったドライバーのジェームスは「お坊さんかと思ったら金髪の日本人でびっくりした!」そうです。


  7月10日   「ルークチンはお好き?」

  チェンライ庶民には安価で食べ放題のムーガタ(直訳ブタ鍋/中央で肉を焼き、周りの溝で寄せ鍋をする)が人気です。ムーガタのおもな具は「ブタ(バラ、モモ、切り落とし?各種)、トリ、内臓、イカ、エビ、ゲソ、戻したスルメ、魚の切り身、各種葉野菜、春雨」これらにつづきジャンクなところで「各種ルークチン(魚のすり身ボール)、カニカマ、魚肉ソーセージ」、デザートは「スイカ、パイナップル、ココナツアイス、コンワーン(タイ風蜜豆)」。料金は39B〜79Bが主流です。
  私が普段行くのは79Bのサーラームーガタ。ここの特徴は「1.着席したまま従業員に好きな具を持ってきてもらう注文方式 2.キライな具は返却可能 3.上記以外にシューマイ、肉まん、豚挽き肉を詰めたイカ(プラームック・ヤッサイ)、ひき肉の海苔巻き、脂身の少ない豚やベーコン、新鮮なレバー、があり塩とライムでも食べられる 4.炭火焼き用の七輪がテーブルはめ込み式のため熱くない、5.子供連れや若者が少ない」です。ひととおり具の乗った皿を従業員が持ってくると、戻したスルメ、魚の切り身、ルークチン、カニカマなどはそのまま下げてもらうのが常です。
  先日友人とどこのムーガタが美味しいか、ということになりこの店を挙げると友人は「好きじゃない」といいます。理由は「ルークチンの種類が少ない」でした。確かにタイのルークチン、プリプリとした歯ごたえが特徴でそれを好む方も多いと思います。道端でも各種ルークチンを串に挿し油で揚げたスナックが売られています。おそらく添加物たっぷり、ましてやそれを新しくない油で揚げたスナック、私は恐ろしくてとても手が出ませんが大人から子供まで大人気です。 

 

  7月12日    「今週も葬式のわが一族」

  ヨーロッパの一部がバカンスシーズンにはいったのか、先週末から欧米人が増えてきました。この3日間は「オランダ延べ10人、ポーランド系イスラエル延べ6人、ポーランド延べ4人、スウェーデン3人」といった具合です。
  そんな中、我がジャクスワン一族はまた葬式で日曜からたいそうな騒ぎです。亡くなったのはドライバー・ジェームスのおばさん(ジェームスの父親はチェンライ市内サンサイ地区のカムナン/地区長)ですが、「カムナンの妹が亡くなった」と派手な葬儀支度となっています。先月はカムナンの長兄が亡くなったので今回以上の騒ぎ(陸軍の吹奏楽団がでたり、交通警官が出動したり)でした。本葬は金曜ですが、ドライバーや車も何台か葬儀にまわし、店頭にいることもままならず先月同様仕事にならない一週間です。
  「カムナンの妹」であっても30年以上も前に他家に嫁いだ立場ですが、苗字は変わってもジャクスワンの血は変わらず、と「これはジャクスワン家の仕事」と言い切りカムナンすべてを仕切っています。

 

  7月14日  「今週も葬式のわが一族その2」

 日曜からの通夜が本日終わりました。お別れの昨夜は花火が打ち上げられ、今日の出棺時には親戚の警察幹部/軍人らがいやというほど空砲を鳴らしました。
  午後9時ごろまでは仕事にならないため、オフィスに泊まりこんで夜中にPCに向かっています。今週は輸出用の翻訳書類と婚姻手続き代行が2つ、合計3つの締め切りがあります。いずれも日本宛書留郵便で発送する関係上、明日(金曜)午後までに終えなければなりません。
  昨日まで日中は比較的晴れ、夜間にまとまった雨といった天候でしたが、今日は午後3時前から冠水手前の土砂降りになりました。排気ガスが洗い流され気温が下がったおかげで、今日はやけに仕事が捗ります。

色とりどりの花やレースで飾られた棺。
棺を乗せた山車(チーク材の屋根付ベンチ/サーラー)は
寺や街角で村人の憩いの場所となります。

 

  7月16日「福岡・大名紺屋通り商店会、カレン幼稚園訪問」

九州一の商業・ビジネス集積地である福岡市天神地区に隣接する若者の街「大名(だいみょう)」からカレン族の私設幼稚園に新品のお昼寝用寝具セット(マット兼敷布団、枕、タオルケット)、色鉛筆など文具、古着(主に秋冬物)、歯医者さんからは子供向け歯ブラシ、福岡中央銀行からは粗品用タオルのプレゼントがありました。

飛び出す絵本は翻訳不要

知恵を合わせパズルも完成

一番人気はビーチボールでした。


 

  7月22日     「気晴らし」

  約1週間更新しませんでした。世の中私より忙しい人のほうが多いはずなのに、なぜ年中こう急き立てられているのか自分でもイヤになってしまいます。
  気晴らしに映画を見に行きました。コテコテのタイ映画ですが、期待せずに見たのが功を奏しとてもおもしろかったです。爆破予告を受けた精神病院が舞台。登場人物は3人の間抜けな警官(爆発物/テロ対策担当?)、モーピー(呪術師)と長年病院内に封印された女の霊、貧しさから金庫破りを企て北部の農村から上京してきた(おそらくカレン族の)男4人組などなど。
  タイ映画/テレビでは日本のようにタブーが厳しくありません。映画の中でも「コン・バー、ヨック・ムー・クン!/バカは手を挙げて、ハイ!」と連呼したり、山岳民族のタイ語の発音がおかしい(キット/思う、考える の発音が悪く キー/大便 といったり)をことさら強調したり。男を追って山から下りてきた赤ん坊連れの女の衣装から推測するとカレン族をイメージしているようですが、彼らがみたら怒るだろうなーと思います。
  「ミダ」というアカ族のビデオも見ました。最後のミダ(アカ族の古い風習で村で選ばれた特別な女。一種の巫女、アカのシンボル)の生涯を元ミダである老婆の記憶をたどりながら再現していましたが、これまた考証が滅茶苦茶でした。おそらくチェンマイ・チェンライ県境のラフ族の村で撮影をしたのでしょう。家屋や衣装はラフ族の特徴がより多く現れ、踊りのステップもラフそのものでした。
  なにかと好奇な目で見られることの多いアカ族の風習(一夫多妻同居、双子殺し、水浴びを嫌う習慣など)。ミダも「婚姻前、男は全てミダと一夜を過ごす」という風習がやたら強調されていました。これまたアカ族が見たら苦情が出ること間違いなしです。だからきっとアカ族の村で撮影できず、ラフの村での撮影となったのでしょう。

 

  7月23日   「チェンライでシソ(大葉)は育つのか?」

  チェンライ社会は非常に狭く、1.ゴルフ仲間 2.社会的な活動をする仲間 3.商売上持ちつ持たれつの仲間 4.政治/役人グループ とどれもメンバーはほぼ重なります。そんなところから厄介な依頼を受けてくるのが、我がタイ人社長です。
  農業省出先機関から「これ訳して。チェンライで栽培できたら農家が助かるでしょ」と渡された栃木産のシソの種。もちろん無料奉仕です。こんなもの訳しても実際は読み飛ばされるのが落ちなんだから、と無視していたのですが、なかなかのご執心です。その内容は。。
1. 特性 緑で葉のふちは縮れている。香り高く、ビタミンAが多い
  用途:天ぷら、薬味
2. 繁殖力が強く、無農薬でも育つ。ここで役人が一言「じゃあ、生垣とかにもできる?」   私「できません。ツル植物じゃないし、若い葉を食べるから生垣になるまで待ってたら出  荷時期を逃がしてしまう」
3. 種まき:鉢やプランターに撒くか、直接地面に撒いても可。芽がでるまで1週間〜10日ほど。この間乾燥させないこと。種を撒いたらうっすら土をかけ、新聞紙などで覆う。役人「新聞紙じゃなくてもいいよね」「…乾燥させなきゃいいと思います。ガーゼとかでも。」
4. 役人「このカレンダーはなに?」カレンダーによると種まき時期は3〜5月、収穫期は6〜10月でした。「それは日本の気候にあわせたカレンダーなので参考になりません。3月〜5月が種まき時期なのは冬が終わったからで、10月で収穫が終わりなのはそろそろ気温が低くなるから。チェンライの冬がいくら寒い(朝晩5〜10度になることも)といっても日本の3月よりは暖かいので、おそらく1年中育つと思います。」
5. 肥料:1平方メートルあたり堆肥2キロ、石灰100g、化学肥料70g。役人「随分肥料がいるんだなー。2と矛盾するなー。」「日本なら放っておいても庭で育つんですけどね」
  ところで気がつけばもう10日も自宅に帰っていません。今日こそは帰るぞと思っているのですが、エア・アジアで到着予定のお客様がいらっしゃいます。本日も予定通り遅れていますので、市内到着は午後10時過ぎになるのではないでしょうか。

 

  7月25日 「24時間営業ですか?」

  たった今、本日最後の予約を受けたところ(来店での明日のツアー販売)です。午後11時40分!イギリス人と香港人のカップル、象乗りトレッキングBにお申し込みいただきました。
  「24時間営業ですか?」ときかれました。そんなわけないじゃないですか。。仕事が片付かないので仕方なくこんな時間まで灯りを付けているだけで、本当は午後8時を回ると電話にでるのも億劫です。「こんな時間に明日のツアー予約できるなんてラッキーだ」とおっしゃっていただきましたが、私たちもまさかこんな時間に販売できると思って店を開けているわけではありませんでした。
  時間も時間ですから、もう寝ます。今日も帰宅できず。明日は午前7時に一組目が出発されます。
  連日のまとまった雨で、チェンライを流れるメーラオ川氾濫寸前です。

 

  7月28日 「多忙のため更新できません」

  おとといからピークシーズンのような混雑です。今日は全8ツアー、合計37名(内日本人2組3名)のお客様でした。
  8月3日(水)まで、多忙のためトップ頁更新ができません(するかもしれません)。また27日にいただいたメールへもまだ返信できていない状態です。皆様にご迷惑をおかけし申し訳ございませんが、一両日中には返信させていただきます。一部弊社で受信していなお申し込みメールがあるようです。48時間を経過しても返信のない場合、恐れ入りますが再度送信いただければ幸いです。
  7月30,31日及び8月3日は携帯電話通話圏外にでておりますため、電話でのお問い合わせ/お申し込みには対応できないこともあります。

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Aug 2005

Not enjoyable can be refund

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