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2006年3月のつぶやき



3月1日 「灰降る季節」

  焼畑シーズン到来。オフィス屋上の4階に干した洗濯物にも灰がついています。朝晩はまだまだ涼しいのですが、午前9時をまわると強烈な日差し。暑くなる前に洗濯物は干したいし、銀行もまわりたい。かたや本業のツアーの送り出しで8時から10時までは大忙し。今日も洗濯機はまわしたものの、午前11時を回った今もまだ干していません。4階はすごく暑いです。銀行にも行っていません。どうしようか考えている間に眠くなってきました。
  この暑い中「午後1時スタートでゴルフ」という方々がいらっしゃいます。スウェーデンの11人グループ。今日で3日目ですが、一人もかけることなく酷暑の中プレーされています。「私の国は今マイナス10度から20度で、凍ってしまうからゴルフができないんだよ」とおっしゃいます。私なんて暑さに勝てず毎日昼寝しているというのに。
  昨日もうっかり鍵をかけずに昼寝してしまい、お客様に起こされました。寝ぼけた頭でツアーの説明をし、1泊2日の首長族宿泊ツアーをご予約いただきました。自分でも「あー、同じことばっかり説明してるなー」と半ば投げ出し気味のセールストークでしたが、辛抱強く聞いていただきありがとうございます。

 

3月2日 「チェンライとバンコクとの温度差」

  バンコクから700キロ以上も離れ、いわゆる「貧困層」を多く抱えたチェンライでは2月26日以来タクシン政権を支持する横断幕がいたるところに掲げられています。チェンライの目抜き通りにあるチェンライ・タイラックタイ幹部メオ社長の店舗にも2枚


タイは「バンコク」だけではない 

チェンライ人はタクシン首相を愛している。
彼に国の運営を続けさせるために、応援をお願いします 

  社会の最底辺に暮らす山岳民族の多く住むドイハーン地区に選挙区をもつゴップ氏。店舗はチェンライ市街地入り口にあります。

 ソンティ氏は首相をやめさせようとするけれど、彼無くして誰が貧乏人を救ってくれるの?

貧乏人のための首相、応援署名所はこちら

  

ある食堂前の横断幕。
こちらの息子さんが麻薬汚染から更正したことは有名な話。

「タイラックタイ(タイ愛国党)」に投票しよう
あなたの子供や孫たちを麻薬に染めないために

 

  タクシン政権支持デモ行進が行なわれるときき、撮影してきました。
ちょっと怖かったので、「内閣官房室」とのステッカーを
貼っている車で偵察して来ました。

 

私たちにはタクシンが必要 
*30B医療制度のため *村おこし基金のため

タクシン首相戦い続けろ 

もし彼らが動乱を起こし政権をを掌握するとSML(OTOP 一村一品運動などに代表される地域活性化政策)が消滅する

 


今回のタイラックタイの投票用党番号は「2」。すでに「2」の指示を表明し番号を掲げる食堂や店舗もちらほら。

上のような車が結集し、バンコクへとなだれ込んで行きます。

 

  3月3日 「タイから中国へ輸出されるもの」

  メーサイ、ゴールデントライアングル、メーサロンツアーに出てきました。今日のハイライトのひとつはメコン川にあるチェンセン貿易港。中国とタイを往復する貨物船の積荷はなに?と苦力の積荷の上げ下ろしを見に行きました。中国から陸揚げされていたのはらっきょのようなもの。またスコータイそばのカンペンペットナンバーのトラックから降ろされ船に積み込まれるのは蘭の苗木でした。M150というタイのオロナミンCのようなドリンク剤も積まれています。
  その後お客様とガイドがタチレク観光している間にメーサイの銀行を2箇所まわり、5ドル/10ドル/20ドルの小額紙幣を買占めました。昨日はチェンライのバンコク銀行の20ドル札も買い占めました。ミャンマー入国にはドル/バーツが使用可能ですが、ドル払いのほうが圧倒的に有利。ただ小額ドル紙幣はチェンライでは入手困難です。見つけたら即買いが基本。大きなアボガドも買いました。こちらはミャンマーで作付けされています。わさび醤油で食べるつもり。
  その後メーサロンにあがり無農薬露地栽培のほうれん草を買いました。お客様もガイドも買いました。。
  ひさしぶりのツアー、とても疲れました。おやすみなさい。

 

  3月4日  「34歳にして転ぶ」

  床で滑って転びました。
  1.昼寝も兼ねて隣の「ウィニングサロン」でフェイシャルマッサージをしようと思い立つ
  2.オーナーのティップに予約をいれると「10分後に」とのこと
  3.この10分をどうして過ごそうか、と悩む。
  4.オフィスの床にモップをかけることにする。
  5.水気もよく切らずにモップをかける。
  6.2度掛けする。
  7.手のあいたティップが呼びに来る。
  8.慌てて飛び出し、乾ききらない床で派手に滑って転ぶ。
  9.運悪くダース買いしてある飲料水のプラスティックケースの角に耳の後ろをぶつける。
  10.倒れる際に左手を付いた。
  11.それでも床で後頭部を打つ
  12.2時間後、後頭部にこぶができ、左の手のひらも青く腫れる。

  写真は転倒にも懲りずにフェイシャルを受ける私と笑いを必死でこらえるティップ
  エステの詳細はコチラから

 

  3月6日  「風邪にご注意」

  チェンライ非常に暑いです。冷房のきいた室内や車の中と暑い屋外とを行き来していると具合が悪くなってきました。今日はそのうえメーサイ往復120キロしたのが全くの無駄足となり(私が悪いのですが)、参ってしまいます。コチラは明日更に出なおしとなりました。
  オフィスに戻るとAIG保険担当者が待ち構えていました。1年分のツアー保険契約が満了したのでその清算/更新手続きです。1年間の予想人数より399組多くご利用いただいたようでした。担当者にチェンライ県ではJ.トラベルが一番多いです、といわれ(同じ条件の保険に加入しているところが3件しかないとはいえ)うれしかったのですが、追加料金を一人当たりxxB徴収され痛い出費となりました。

 

  3月7日  「肩の荷がおりました」

  2日連続メーサイ入管へ出頭しました。3月3日にもツアーでメーサイに来ていますので、土日を挟んで毎日メーサイ詣したことになります。
  うっかり失効していた在留期限も労働許可も入管&労働局の温情でお咎め無し、今日からまた大手を振って働けます。
  安心したら疲れがどっと出ました。今午後9時半ですが、マッサージに行ってこようと思います。 

 

  3月8日 「健闘を祈る」

  給料の一部を援助している学校の先生が挨拶に来ました。「外国に働きに行くので退職します」とのこと。この学校は管轄役場の管理下になく、私たちも運営に一切関係していません。「道路が悪い」と言われれば砂利やセメント、鉄骨などを届け、「水道が壊れた」といわれれば水道管やその他備品を買い、村に渡してきました。また先生と用務員の給料が(相対的に見て)低いと思ったので、適当な額を月々援助していました。
  公的管理者不在の学校の運営・存続は困難です。
  まず責任感がある、という理由で抜擢されたはずの用務員は半年もしないうちに毎月顔ぶれが代わり、昨年初めにはとうとう用務員制度がなくなりました。ここ数ヶ月は生徒が10人以下に減り、先生も以前ほど熱心でない、との報告を村人/時折訪問するガイド/先生自身から受けていました。
  学校の設備や運営について心配になったので村役場の助役に相談すると「あれ、あそこは責任を持って面倒を見る組織があるといわれたので、今まで気にかけたこともなかったよ」と言われる始末。
  チェンライや北タイで活動される方のの多くは、私財を投げ打ち自分の人生を賭けて山岳民族や地域住民のために日々運動されています。私や当社は専従は出来ないので、できる範囲でなお且つ不足を補う形で少し貢献できればいいと思い、細く長く関わってきています。また広く外部に開かれた援助をしたいと思っています。とても私たちの力や資金、能力、経験では全てを背負うことができないと思うので。
  いろいろ残念に思うことや言いたい事はありますが、なによりも今まで約3年間山奥の学校のためにがんばってくれた先生の相談相手になれなかったことが悔やまれます。先生自身まだまだ世間知らずの若者ですので、「外国に働きに行く」ということがどんなことなのか、合法的に渡航し就職できる立場に彼がいるのか、その辺の話し合いをもっと前に出来ていれば、と残念です。村人とは異なる民族の彼が一人村に暮らし、相談相手や良い手本となる人物もない生活の末が、この結論だと思います。
  まだパスポートの申請が終わったばかり、その他の手続きは完了していないようなので、今後相談に乗れることがあれば復職の件も含めて手助けをしたいと思います。ただこの学校に関しては失望やあきらめも多々感じていますので、彼が退職した後、援助を続けるかは再検討する必要があると思っています。 

 

   3月9日  「来週はフアメカム週間」

  今年からHPでも販売を始めた「フアメカム」ツアー、大変反響が大きくうれしく思っています。来週も12日/17日/19日の3日間 日帰りツアーの予約が入っています。
  12日は私が多忙、17日はプライベートツアーのため無理ですが、19日には何とか同行したいな、と考えています。が、さてどうなることやら。

 

  3月10日 「中国茶&紅茶三昧」

  今日カナダからいらしたお得意様にたくさんの紅茶をいただきました。チェンライでは美味しい紅茶は買えません。リプトンのティーバッグが主流で、トワイニング程度の茶葉を探すのすら困難。50グラムずつ10種類近くいただきましたので迷ったあげくクリーム・アールグレイというのから飲むことにしました。一時流行ったマリアージュ・フレールのマルコポーロにも似たあまーい芳香。お茶請けにとこれまたいただいたドライ・ブルーベリー入りのチョコレートと一緒に。あー至福のときです。
  今月14日から17日まで幕張メッセで開催されるFOODEX JAPAN 2006にチェンライの「天元茶(スウィルン茶)」が参加します。お嬢さんでセールスマネージャーのミョウさんが妹ともに訪日します。60年前に中国・雲南省から移住してきておじいさんがドイ・ワーウィーで茶の栽培を始めたのが40数年前。現在のオーナーであるお父さんが新たに山林を切り開き、電気を引き、60mの井戸を掘り、チェンライ近郊メーラオ郡に根を下ろしたのが20年前弱。それは無農薬・有機栽培で茶を育てるためでした。。。
  タイ政府からオーガニック認定を受けているのはタイ国内で天元茶のみです。メーサロンほど知名度は無く、観光客やガイドたちには無名ですが、「タイ国内のお茶好きなら知らない人はいない天元茶」が初めて日本に上陸します。天元さんのお茶を愛する群馬のお茶屋さん「天元好」さんも初日は会場にいらっしゃいますので、日本語でのインフォメーションが必要な方は14日に訪問してみてください。
  商品説明などは私が訳しました。翻訳代は茶葉でたっぷりいただきました。我が家は夫婦揃ってお茶のみです。1日3リットル以上は飲んでいる気がします。外出時にも自前のお茶をボトルに入れて持参しています(ケチなだけでしょうか?)
  週末(11,12日)はベビーシッターが2人ともお休み。2人の子供の世話で店頭もサイトも臨時休業します。

 

  3月13日  「お決まりの被写体」

  メーサロンからミャンマー国境側に突き進んでいくとぶつかるラフ族の村。チェンライ最年長ガイドホーミーおじさんの最近のお気に入りの村らしく、コースに入っているいないに関わらず立ち寄っているようです(苦笑)。結構遠いし道も良くないのでガソリン代がかかるんでけど「まあケチケチするなよ、お客さん喜んでたよ。イヒヒー」と事後報告で済まされています。
  で、どんな村なの?とドライバーにカメラを持たせました。うちのドライバーたちは本当にセンスがないので期待はしていないのですが、昨日の写真はどれもこれも使えないものでした。使えない理由は「この手の写真は既にある」のです。もう容量いっぱい。


お客さんを一人ずつ撮る。いりませーん!
4人組だったので、美女の写真が4枚続きました。

自分で運転してきた車を撮る。もっといりませーん!しかも後ろ向き。
横向きのアングルならこんな使い方↓↓もできるのに。

ツアーに使用する車の紹介ページ掲載

そして村の遠景。これ本当にたくさんあるし、どこの村かわからないし、
いりませーん!!

唯一使えるものは上のブタの解体写真ですが、
電信柱や道路が写らないアングルからなぜ撮らない。。。

 

  3月14日  「ある山岳民族の村の抱える問題」

  10年ほど前から支援をしているいくつかの村を視察してきました。


  
村の中心に広がるのは村共同所有である牛と家庭から毎日排出されるゴミ。


白く散乱するのはすべてゴミ。
空にはビニール袋がいくつも舞っています。

家の前に捨てられたゴミ、ゴミ

今年に入り、政府の援助によるソーラー発電機が無料で配付設置されました。
昼間から大音響でのタイ・ミュージック、VCD鑑賞。
観光客の足は遠のき、収入も減少しています。

焼畑の煙でにごった空、霞む村の遠景

視察の様子はこちらから

※役場に繰り返し陳情した結果、今年度より同校を役場の管轄下に置き、
公的に管理していくことになりました。
私設の学校ではなく役場直轄の学校です。
ただ運営に必要なだけの予算は得がたく、再建には数年を要するでしょう。
(2006年5月補足)

  3月15日  「天元茶日本初上陸(幕張メッセ)」


  
天元茶のセールスマネージャー:ミョウさん


 

福岡から駆けつけた在日タイ人通訳(右)


初めての居酒屋

 

 

  3月16日 

先日訪れた村では新婚さん用家つくりの最中でした。

山から切り出した木を丸々使い、竹を編み、萱で屋根を葺きます。

「ロマンティックな家だな」とお客様が一言。


定住化が進むと下のような簡素な竹の壁の家から、
上の写真のような木を多用した家を求めるようになります。

明日はプライベートツアーのお客様をご案内してフアメカムに行って来ます。

元クンサー軍の家族。
現在はクンサー軍記念館管理人であるタイヤイ(シャン)族のおばさん。

 

3月17日 「麻薬王クンサー縁の地を訪ねて

  シャン族独立宣言調印式の絵
左端緑の衣装はアウンサンスーチー氏の父親

ミャンマー軍に破壊されたチェントン王宮とシャン族の王たち

クンサーの祈りの間は打ち込まれた弾丸跡


血痕がいたるところに残されていました

明日はフアメカムの様子をレポート(予定)

 

  3月19日  「徹夜作業」


  おとといフアメカム日帰りツアーに同行しました。私のポリシーは(と威張るほどのものではありませんが)、車で行かれるところは全て自分で行って見ること。机上に地図を広げただけでツアーを理解しないこと。特殊な地域のツアーを販売する際、実体験があるとセールストークも冴え、よく売れます。非常に大事なことです。 
  ツアー帰着後するべき作業は2つ。写真の整理と店頭用ツアーメニューの作成です。上の写真が店頭用ツアーメニュー。手描きの簡略地図に写真を貼り付けたものです。言葉の通じにくいラテン系やアジア系、ありきたりのコースでは満足できない人、に威力を発揮するもの、また特に行きたい場所が無い人もついつい申しこんでしまう、そんなものを店頭においています。
  10年以上学生を研修生として受け入れていましたが、研修の合否を左右する課題のひとつがこのメニュー作りです。見開き頁の左側は地図と写真、右側は英語での説明で構成されたこのメニュー。1.正しい英語 2.コースの特徴と位置関係 3.山岳民族に関する知識 をこの課題でチェックします。
  英語に関しては読むのもうんざりするほどスペル、文法が滅茶苦茶。また多少書ける場合、だらだらと抑揚のないもの、読んでもおもしろくなくガイドブックみたいなもの。お客さんはガイドブックを読むためにツアー会社にくるんじゃありませんよ、とよく説教したものでした(HP作成も同様ですね。少々反省)。あるいは全くの話し言葉で書いているものなど。地図や写真の選択は本人のセンスによるところが多いのですが、こじんまりとちまちました作品が目立ちます。
  先輩たちの残していったメニューブックを参考に次の代が作成するというのがうちの伝統でしたが、ここで問題が。出来のよいものほど紛失が目だち、現在残っているのは出来の悪いものばかり。もう3年ほど気になっていたのですが諸事に追われ改定が後回しになっていました。そこで昨日意を決してハサミ、のり、カッターナイフ、修正液を手に切り貼り、切り貼り。。そうこうする内に夜が明けてしまいました。代々の研修生たちの努力賞ものではありますので活かせる部分はそのまま使用し、写真を足し、表記を改め、情報を補足し。一から作り直したほうが早かったかもしれませんが、なんかボロはボロなりに味がでてきたような。1頁の中に今年の写真もあれば10年以上前のものもあり、昔飼っていた象の色あせた写真があったり、もう亡くなってしまったタチレク・シャン族のおばあさんが囲炉裏端でニヤっと笑っていたり。。Jトラベルの歴史でもあります。
  今日も引き続き切り貼りに没頭します。金曜夜以降のメールへは3月中のツアー以外月曜に対応させていただきます。

  上の写真、太い文字、はっきりとした写真は私が加えたもの、細字やちっちゃな写真は研修生のオリジナル。「リス族」の住む地域に「モン族」の写真があったりと情報も正しくないのでした。

ヒンテーク女性の自立支援センター
草木染の手織物はドイトゥンロイヤルプロジェクトが買い上げます。

3月20日 「ルーツを求めて〜興奮冷めやらず」

早くフアメカム報告に切り替えたいのですが、引き続きヒンテークです。

シャン州の植物/鉱物資源

懲罰房として使用された深くて狭い穴

チェントンのタイ族の王(部族の長)たち


ジャクスワン家のルーツは上の絵の中にあります。
チェントンから流れ着き
チェンマイのタイ族と結婚し、
チェンライのサンサイ地区に根を下ろしました。
曾おばあさんの墓がチェンマイ・ワットスワンドークにあります。

  今日はチェンマイへの片道送迎が、明日はチェンマイからチェンライへ送迎が入っていました。日頃寝坊などしたことのないドライバーが今日に限って寝過ごし、急遽ニット社長が代行しました。墓参りに来なさいってことでしょうか。

 

  3月21日  「こんなところにまで台湾資本」


  ヒンテークから土ぼこりの舞う赤土の道を約30キロでフアメカム。エリアの始まりを象徴するのが国境警備軍検問所です。ここから先に警察はなく、全て軍の管轄下に置かれます。「殺人事件が起こったときはさすがに麓から警察を呼ぶんだよー。」と国境警備兵の談。笑えません。
  週に4度も来ていればもう顔パスです。

フアメカムへと続く道はただいま整備拡張工事の真最中。いつも以上に土ぼこりが立ち、他の車両に追い越しをかけられると視界がゼロになることもしばしば。通行不可能な箇所もあり、畑を横切ったり、小川を渡ったり。

左手に広大なビニール畑と色とりどりの花。台湾資本が地元民に栽培させ、輸出しているのです。経費は台湾持ち。日当は80Bとのことでした。チェンライの法定最低賃金は130〜140B。。。

 フアメカムの道は随分と良くなっていますが、昔からの集落は旧道に点在しています。あっちにいい道があるなー、と横目で見ながら、「○○ばあさん元気かな?」と旧道へ。新道にはなにもないよ、とこのエリアはドライバーとガイドの独壇場。地図で見ると一本しか道はありませんが、古株スタッフたちの頭の中にはいくつも道があるのでした。「7,8年前の雨季、あそこで車が故障したな」と大声で指差さないでほしい。。。お客さんびっくりしていました。問題の箇所、現在は緩やかなカーブの広い道になっています。

 意外なほど焼畑が少ないので訊くと、「森林局がうるさいから、タイ側の山は焼かないの。あっちまで行って(ひとつ向うの山を指差し)焼いて畑にするの。」緑が残っているのはタイ領。黒く焦げているのがワ族の住むミャンマー領でした。そういった視点から国境線が見えてきます。

 

3月22日 「飲んだら乗るな」


  ニット社長のゴルフ仲間でもある中高等学校校長から「日本語または英語のネイティブを講師として迎えたいので探してほしい」といわれていました。チェンライ県内の公立学校で生徒数2,300人強、先生の数92人のマンモス学校です。英語以外の第2外国語選択クラスはフランス語/中国語が設けられていますが、外国人講師を迎えたことはありません。
  狭いチェンライで就職先を見つけることも困難ながら、人材発掘もある意味それ以上に困難です。「ノー」というのはチェンライ式流儀に反するので「善処します」とだけ答えて既に半年経過。ゴルフに行くたびに校長先生からやんわりと、いや矢のような催促が。。。灯台下暗し。チェンライ在住を希望されている、数年来親しくお付き合いしている方の経歴を校長先生に伝えると「ぜひ貰い」がかかり、慌しく本日面接となりました。私たちも保証人としてまた通訳として同席します。
  そんな大事な日なのに朝からひどい頭痛です。薬は大嫌いなのですが今日は飲みました。約1時間の面接も終わり学校を出ると急に眠気が襲ってきました。午後1時すぎ車に乗り込むやいなや眠ってしまい、オフィスに戻っても眠り続け午後5時ようやく目が覚めました。頭痛は治りましたが、ひどく喉が渇きます。どうやら電話がなったのもわからないほど熟睡してしまったようです。これでは用が無いときしか飲めません。
  肝心の面接ですが、校長先生/教務主任/英語教師どなたも英語での会話が非常にスムーズ。タイ語では細かな点を補足するのみで通訳は必要ないくらいでした。日本と欧米それぞれ25年以上在住していた経歴を持つ友人、日本語及び英語講師として5月の新学期から採用されることになりました。おめでとうございます!!

 

  3月24日  「プーケン滝」


  先日チェンライ近郊の観光地や景勝地は殆ど行き尽くした、というチェンライベテランのグループがありました。ツアー後の宿泊がチェンマイ方面だったこともあり、移動も兼ねて日帰りツアーを催行しました。
  その中で訪れたのがこのプーケン滝。9層からなる国立公園内の美しい滝(要入場料)です。昨年は7層までしか行けなかったのでお客様にも「全7層」とご案内していたのですが、運良く今年は最上段の9層まで上ることが出来、お客様からも9層目が一番良かった、とおっしゃっていただきました。


  近年焼畑の影響でどこの滝も水量不足。先日のフアメカム(タイ最北の滝)も滝ではなく「水が流れているねー」といった感じでした。

日本人のお客様でプーケン滝を訪れたのは4組目ですが、最上段まで上られた初めてのグループとなります。皆さん入り口の遊歩道をお散歩されてお仕舞いなので、ガイドが「健脚だ」と褒めちぎっていました。

プーケン滝はココですよ。

 

 3月25日  「プーチャイサイリゾートの火事


  3月22日夜半または23日未明、メーサロン山麓のプーチャイサイリゾートで火事があったようです。近隣の焼畑が原因の山火事が飛び火したようなのですが。一部報道で「全焼」との表現もあります。しかしながら24日夜からJ.トラベルのお客様も同ホテルエグゼクティブスイートにご滞在されており、25日本日ツアーにご参加いただきましたが、送迎を担当したドライバー(24日夜/25日早朝と深夜ホテル・チェンライ市内間)からは「延焼を防ぐため通常の乗り入れ道路には鉄柵が設けられているため、出口専用道路からホテル出入りしている」とのみ報告をうけています。
  実際に現地で確認していませんのでホテルの被害状況に言及することはできませんが、ドライバーの報告及びお客様がホテルを移られることなく宿泊されていることから、「全焼」という表現は正しくないのでは、と思います。
  4,5月のご予約も相当数いただいていることもあり、27日(月)午前ホテルに赴き確認してまいります。またホテル側から許可がでれば撮影してきます。
  ブログにも「電話に出ない」と書いたのですが、実際に22日夜間から24日午後まで電話/ファックスともに応答がありませんでした。(電話回線はつながっているのですが誰も出ない状態)。ホテルから連絡が入ったのは24日午後6時3分のファックスです。

 

 3月27日  プーチャイサイリゾート〜「全焼」ではありません


  

  本日プーチャイサイリゾートを視察してきました。

  一部タイの新聞及び日本語サイトなどで「全焼」との表現がありますが、これらは誤りであることをまずご報告します。

  事実は次のとおりです。
  近隣の山岳民族による焼畑の飛び火で火事が発生したのは22日夕刻
  プーチャイサイは山ひとつが全てホテルの敷地です。また各部屋が独立したコテージとなり敷地内に点在しています。山裾にはレセプション/レストラン/土産物店/スーペリア及びデラックスコテージがあります。火事の影響を受けたのはレセプション及びレストラン、スーペリアとデラックスコテージの一部です。山頂付近にエグゼクティブスイート/ハネムーンスイート/プールビラなどがあり、こちらは無傷です。実際24日から本日までエグゼクティブスイートにご滞在されたお客様は火事があったことをご存知ありませんでした。ご滞在の間スパ/プールも通常通りご利用されています。

現在レセプションは山頂のプールビラ付近に移動しています。


27日現在のレセプション


復旧作業に携わる大工さん用ランチ


スイートクラスへはこの車でチェックイン

  エグゼクティブスイート以上のお部屋タイプに宿泊される場合には焼け跡を目にすることはありません。しかしながらスーペリア及びデラックスコテージをご指定された場合には、通常より部屋数が減っているため予約が入りにくかったり、近隣で復旧工事が行なわれているため静かな環境ではなかったりとベストな状態ではありません。

  タイの報道は憶測で記事にしたり、大げさな表現を用いたりということがよくありますが、各種報道の影響でホテル側も少なからぬ損害を被っています。これらが風評被害につながらないことを願います。

 

 

  3月30日  「昨夜も今日も雨」


  朝5時発でチェンコン往復して午前10時過ぎ帰着。チェンコンで買って来たメコン川産の川ノリチップスを食べながらそのまま仕事をして、午後2時からマッサージに3時間。しっかり睡眠をとりPCに向かい、また川ノリチップスを食べながら気がついたら昨夜と同じ冷たい雨が降っていました。川ノリチップスは、油で揚げてある上にゴマがふんだんに使われているせいか、おなかがすきません。午後9時をまわり、雨も降ってきたためナイトバザールも早仕舞いのはず。私も今日は早めに切り上げようかなと。
  今朝私とドライバーが出勤する時刻に、ナイトバザール付近のラーメン屋台が店仕舞いをしていました。365日雨の日も休まず午後7時ごろから午前5時前まで1杯20Bのラーメンを売っている人もいるのです。
  彼のラーメン屋台はチェーン店のもので、お世辞にも美味しいとはいえません。ほとんど食べる機会はないのですが、PCの電源を落とす段になって勤勉なラーメン屋台が頭に浮かび、引き続き仕事をすることにしました。
  その前に、夕飯、何を食べよう・・

 

  3月31日  「首長族の村でランチ」


  明日のツアーのランチについて、一時間ほど悩んでいます。「首長族の村に、市場で買ったタイ料理の惣菜を持ちこんで、村人と一緒にランチタイム」というご希望はフランス人のカップル。メーサイ、ゴールデントライアングル+首長族というもっともポピュラーなツアーではあるのですが、ランチの内容が他のお客様にとってNGなため、プライベートツアーにしました。
  何が食べたいですか?ときくと「トム・カーガイ(鶏のココナツしょうがスープ)とパッタイ(タイ風焼きそば)、カオパット(チャーハン)」・・・それは市場で買う惣菜というよりは、その辺の食堂で注文する料理です。「市場に売ってないかもしれないので、途中の食堂で食べてはいかが?」と提案すると「絶対に首長族の村で食べる」
  もしそれらが見つからなかった場合「もち米、ガイヤーン(焼き鳥)、ブタのから揚げ、なまずの炭火焼、ナム・プリックヌム(唐辛子味噌)+果物各種では?」ときくと「食べてみたい」とのことです。
  明日の夜の便でタイから出国されるようですし、なんとか希望に近いランチにしたくてずっと考えているのですが、調理後時間のたった焼きそばやチャーハン、美味しくなさそうですし。

 

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Apr 2006

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