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2007年9月のつぶやき

晴天の霹靂とはこのこと・・・
月末に「チーム・タナーイニット」旗揚げしました。
そして年末まで怒涛の選挙戦に突入です。

  

 9月1日 ドライバー交代の理由

  日帰りツアーから帰ってきたイスラエル人6人組、引き続き翌日のツアーもご希望されました。ガイドはそのまま、イスラエルと相性のよいナッカリン。ツアー詳細を説明し、契約、そこでお客様が一言。「ドライバーは別の人でしょ?」
  通常同じお客様には可能な限り通しで同じドライバーとガイドをつけます。交代させるのは、全体のツアー状況による場合とお客様からクレームがついた場合です。「何か問題ですか?」ときくと「今日ね、最終日だと思ってチップあげちゃったの。でも同じ人でも問題はないんだけど」
  ドライバーに「チップいくら貰ったの?」ときくと「300B」。イスラエル人から300Bのチップというのは多いほうです。ということはサービス等に問題があった、というわけではなさそう。
  なんだかよく分りませんが、別のツアーのドライバーと交代させることにしました。


 9月5日 今日も危機一髪でした


  4日も更新しませんでした。反省・・・。何をしていたかというとホテル/リゾートの契約更新、それを元に来店予約のためのファイル作成、新規リゾート(パイ、メーホンソン、なぜかカンチャナブリーも)との契約などなど。
  さて、久しぶりの更新でおなじみ「ガイドが足りない」ネタで恐縮です。
  午前10時提携のリゾートから「今からツアーに出られるか否か」問い合わせがありました。車とドライバーはあります。問題はガイドですが、うちのガイドは既にツアーに出発済み。でもチェンライが一番静かだと言われる9月のこと、どこかにフリーランスのガイドが余っているだろうとタカをくくって「11時に出発可能」と受けてしまいました。
  探すこと30分、「これはちょっと使えないかも」と思っていたガイドまで「今メーサイにいる」とか「今チェンマイ」とかツアー中の様子。選択肢の最後にリストアップしているオカマちゃんのガイドは「ピー、今風邪引いてるの」とこれもダメ。
  それでも「今ヒマ?」と問い合わせをしたガイドたちが自分たちのネットワークで探してくれ、「ソムサックというガイドがヒマだから電話してみればどうですか」と携帯番号を告げられました。ソムサックってうちのソムサックのことだったら困るな(本日も明日もツアーにでています)、と電話してみると別のソムサックでした。
  ツアーを終えて帰ってきたお客さんに聞くと「ファンタスティック」とのこと。しばらく使ってみて引き続きファンタスティックであればHP掲載します。女性ガイドはドゥアン1とドゥアン2が居ますが、男性ガイドもソムサック1とソムサック2となるかもしれません。
  ただこのところ「ちょっといいかな」と思ったガイドらに期待を裏切られ続けているので、今シーズンが終わってから成否を出したいと思います。

 

  9月7日 今日も明日もセール行脚


  1週間早いですね。もう金曜日です。今日は郊外のリゾートホテルへスパとレストランの視察兼ツアーのセールに行きました。ここへは頻繁に送客していますが、まだじっくりホテルを見たことがありませんでした。ホテルからは「日本人のマネージャー(私のこと)も同行しますか」と再三の問い合わせ。なぜ何度も確認するのだろう、もしかして通訳の心配でもしているの?と少々戸惑いながら予定の時刻にホテル到着。
  するとちょっと太ったオジサンが「こんにちは、毎度おおきに」とやってきて握手。この人がGMなのですが、聞けば昭和47年から2年間、日本へ留学されていて、大阪の生駒にホームステイしていたとか。昭和47年といえば私の生まれた年です。
  午後からは既に我が社のツアーを販売している2箇所のリゾートを訪問。どちらも当初「自分でツアープログラムを作成するから写真を提供して」ということでしたが、「うまく作れないから用意して」と変わり、私もそんなヒマはないので近所の写真館に作らせたものが今朝完成。早速それを届けに行きました。
  通常紙媒体のパンフレットは作成していません。TATや外においてもあまり意味がないし、来店されてパンフレットだけ所望される人はツアーを購入する確率が低いからです。お客さんが来店されたらその場で契約まで持っていくか、8割がた気持ちをつかんでしまうことが重要です。また紙媒体にしてもインターネット上にしても一度オープンにすると類似のものがすぐに出るのも精神的によろしくない・・・。
  というわけで提携のホテル&リゾート向け限定で作成しました。半年から1年様子を見て取引がないところや他社と天秤にかけているところは引き上げます。
  明日も午前に1箇所、午後に1箇所視察と商談が入っています。午後の1箇所のあとは予定を入れていないので、そのままじっくりスパの予定です。携帯電話も切っちゃいます。 

 

  

9月8日 ちょっと昔のチェンライの話


  写真の長屋は銀行やクリニックの立ち並ぶタナライ通りの西の端っこ、20年弱前まではホテル(中国旅社)だった家屋です。ニット社長も子供の頃チェンライ市内で何か催しものがあると両親とココに泊まっていたそうです。実家は市内から7キロほどなのですが、「コンサート、市内で食事、ホテルに泊まる」というのが、特別な出来事だったそう。名前は「パオ・ワタナー・ホテル」と言いました。廃業し家屋は人手に渡っていますが、この一族は今飲料水供給会社やタイ人向けツアー会社を経営しています。


  この旧ホテルの向かいが自然食品の店(品揃えは日本のそれには遠く及びませんが)です。私がコーヒー豆、スパ用品、蚊よけシトラススプレーに天然成分蚊取り線香を買うのはここです。

アップルタイザーもあります。
またオーナー(男性ですが・・・)手造りのちょっと怪しいボディスクラブあり、
気の効いたアロマ製品あり、垢抜けないOTOP製品や痩せる漢方茶などあり、日本語の書いたインスタントものあり、玉石混合です。チェンライでこの手の店がオープンしてはつぶれていくのを何件も見てきていますので、もう3年以上続いているこの店は優秀なほうです。ここからさらに20mほど西に進み交差点を渡ると無農薬烏龍茶の天元さんです。
その先20mほどの斜め向かいが総チーク作りのバーンクンヨムホテル、庶民向けタイハーブサウナ、角にケーキとタルトの美味しいアジピーカフェ、でチェンマイ門にぶつかります。
地図はこちらから

※アジピーカフェ、弊店しました・・・。(追記:’08年4月)

 

  
9月10日 象に酔う?



  先日ガイド:サイモンとトレッキングに参加されたお客様から写真をいただきました。「象に酔った」初めてのお客様です。


皆さんが帰国された後、チェンライは雨続きでした。

カメラを向けられると緊張で?顔がこわばるサイモンも珍しく自然な表情。
またぜひいらしてください。永遠の18歳、サイモンより。

写真撮影/提供 蜂屋様ご一行様

 

 

  9月14日 再び麻薬が広がりつつある村

  2ヶ月ぶりに訪れた国境線上にある村、その村はキリスト教に改宗せず、独自のアニミズムを守っているのですが、その祈祷師や村長などが家から出てこようとしません。昨日のガイドはこの村へ初めての訪問でした。そこで顔なじみのドライバーが祈祷師の家を覘き「どうしたのか」と尋ねると「こんな状態(麻薬でトロンとなっている)だからお客さんの前に出られない」と言うのです。村長も同じ状態でした。
  一戸平均9人家族、子供がゴロゴロしています。昨年よりもさらに乳児が増えたようです。中学生にしか見えない女の子が乳飲み子を括り付けています。
  昨年までは軍の援助があったのですが、9月の政変後、この村はすっかり行政から忘れられています。

 

 

9月17日 鉄砲水で崩れたカレン幼稚園への道


 定期的に訪問しているカレン族幼稚園。
今日は車でたどり着けませんでした。

 山から流れ出た鉄砲水で道が崩れ修理中


仕方がないので歩きます。


おばあさんも現役労働力


村役場からの給食費補助が大幅アップ
以前は1食6B≒24円、現在は1食10B≒30円
今日のおかずは冬瓜と豚ばら肉のスープ煮込み


お代わりだってできます。


北タイで大活躍の竹


通常止めの標識も竹と山の木で手造り

 

 9月22日 ポワドンリゾートのプレ・オープニングパーティー


昨夜は11月オープン予定のポワドンリゾート、プレ・オープニングパーティーでした。リゾートのコンセプトは細部にまで「ランナー(北タイ)スタイルウに拘ること」、招待状の文言にもカム・ムアン(北タイ方言)が使用され、メニューも北部のハーブを多用したもの、ドレスコードは「ランナー・スタイル」でした。

  写真は向かって右からチェンライ法律事務所の顧問でもあるメオ社長、ニット社長、「ナコン・チェンライ新聞」記者、イスラム系のリーダーでもあるパイロート弁護士、ポワドンリゾートオーナーのお父さん、チェンライ市場そばでスーパーマーケットを営業しています。その隣は???どなた?
ドレスコードを守っているのはメオ社長とニット社長の2人だけです。
男性のランナースタイルは難しいですね。
生地やデザインを間違えると「リゾート従業員」や「ダンサー」のようになってしまいます。


オーナーはまだ39歳。



出陣前に勝利を祈ってささげる舞踏



ロイカトンで有名ですが、願をかけて揚げるコムロイ

 

   9月24日 雨期終盤のワーウィー


  3,4日連続の晴天。
道路状態も良好のため、大型ジープで催行しました。


行く手を阻む倒れた竹


山間部のツアーに鉈は必需品です


アカ族の鳥居


闘カブトムシ売りの小屋。8−10月頃の期間限定営業です。

 

  9月27日 雨期に逆戻り


  1週間続いた晴天と乾いた空気でしたが、昨日の夜間からシトシト雨。雨は15時間以上も降り続いています。
  昨日はお世話になっているイスラム系弁護士の御母堂のお葬式でした。104歳の天寿を全うされた式に涙はありませんでした。イスラム式の葬式へは初めての出席。午後6時半頃訪問すると「今は弔問客を受け入れる時間帯ではないから午後8時以降に来るように」と言われました。何を着るべきなのか、式次第は?タブーは?なんにもわかりません。仕方がないので喪主に直接尋ねました。服装は黒、白でなくてもよい、とのこと。色や織りの地味なチュッタイ(タイ式衣装)で出かけることに。
  式場では3つのグループに分かれていました。男性陣、男性でアッラーに祈るグループ(誰でも参加できます)、女性陣。異教徒の私たちもそれぞれ男女のグループに加わることができました。
  振舞われた食事は普通の魚を使ったタイ料理にもち米にココナツミルクをかけたデザートでした。
  さすがに写真は撮っていません・・・。

 

  9月30日  民主党昼食会


  私がチェンライで暮らし始めてからニット社長は政治活動を休止していました。そんなことに夢中になるのは時間と金、体力の無駄。選挙の折には当社顧問の応援に出かけましたが、それも数年に一度のことですので日常とは無関係でした。ところが20代後半から在籍している党からまだ足抜けしていなかったようで、この1,2ヶ月野暮用が生じています。


    今日はダイロン元大臣(民主党)が北部タイの視察に見えました。
そこでポワドンリゾートで地元政治グループとの昼食会を開催することに。


会場のポワドンリゾート


レストランの名前は「メー・ウイ/北部方言でおばあちゃん」
25席の予定が35席になり、急遽隣のテーブルにも席を増やしました。


ドイハーン地区村長代理/チェンライ民主党幹部で華人商工会の幹部
/ナガヒルリゾートマネージャー


チーム・タイヤイ(シャン)族

チェンライ県は3つの選挙区にわかれますが、まだ区割りも確定していません。


’08年4月追記・・・


左から シュメート(北部タイ比例代表区候補:落選)
パヤオ民主党所属(候補者選考漏れ、立候補ならず)
ダイロン元大臣
ガイド:サイモン(カレン族リーダー)
ニット弁護士(チェンライ一区候補:落選)
メック(バンコクマネージャー、亡父は元議員)


今だから出せる写真
メオ社長(パラン党幹部)と陸軍参謀長ピー・セー

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