J.TRAVEL SERVICE
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1月のつぶやき

ハイシーズンもピークを迎えました。
中国正月前後にはリス族、ラフ族、カレン族の正月行事へもお客様をお招きしました。
ご参加いただいた多くのお客様、本当にありがとうございます。
村々の子供たちに日本の企業から、また個人の皆様から
学用品や日用品、お菓子などをプレゼントいただきました。
皆様のご意思を尊重しお名前はどの村にも残しておりませんが、
子供たちは忘れません。
また来年もお会いできますことを、チェンライの山間から願っております。

 

1月1日 サワディーピーマイチャオ

J.トラベルHPをごらんの皆様 明けましておめでとうございます。
チェンライ、北タイをより身近に感じていただきたく、
ほぼ毎日更新しております。
昔のみやび人は一度も京に上らずとも京の地理を空で言えた、
ときいております。
日本の職場のデスクで、ご自宅で、
一度もいらしたことのないチェンライの風景、市場のにおい、
国境の雑踏を肌で感じていただけたら幸いです。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

ニット(タイユアン) ソム(日本) サイモン(カレン) 


アトゥ(アカ) ホーミー(タイヤイ) アップル(タイ&マレーシアンチャイニーズ)


ヤイ(タイ) ソムサック(タイ) ジェームス(タイユアン)

 

1月3日 新年の贈り物・挨拶

  日本のお歳暮の習慣に近いものですが、タイでも新年の贈り物があります。目上へだけではなく、従業員や下請けにも渡しますのでお年玉的要素もあります。昨年はドライバーには防寒着、ガイドにはシャツや酒などを配りました。今年は家族持ちにはデコレーションケーキ、独り者や物入りな家庭には現金を渡しました。また借金があるものは少し値引きしておきました。
  1月1日はカレン族ガイドサイモンの村で新年の宴があり、数キロの豚肉、特大デコレーションケーキ、ビール1ダース、子供たちへノート48冊を持ってお邪魔しました。サイモンから「昼間さんざん飲み食いしたので家族と親類だけ残っている」と聞かされていましたが、最終的には40人ほど集まってきました。高校生の娘さんの友人などは室内でムーガタ(豚鍋)を囲み、大人たちは庭で焚き火をし豚を焼いて再びの宴会となりました。


  翌日2日はタイ人社長ニットの親代わりでもあるピタック議員の家での夕食会でした。15年前ピタック議員とニット2人でJ.トラベルを立ち上げました。レンタカー兼ツアー会社でした。今でこそ叱られなくなりましたが昔は「男は涙を流すくらいなら血を流せ」と毎日のように叱られていたそうです。社会に出てから人生ののすべてはピタック議員から学び、親以上の存在なのだそうです。
  純中国人のピタック議員はおいしい物好き。この人との食事は期待できます。昨日は彼の自宅で烏黒鶏のスープなど中国風宴会料理でした。酒がまわってきた頃いつものように昔の貧乏・苦労話がはじまります。中国から何も持たずにやってきた両親を手伝い、朝5時から市場で物売り。学校へ行く費用ができた日には通学。1着しかないズボンを夕方大急ぎで洗濯し翌日それをまたはいて。。。ニットと2人で資金繰りに困った時には大量のもち米とおかず1品でおなかを満たした、などなど。
  そんなピタック氏への新年の贈り物は本人に直接何がほしいか聞くに限ります。「チュー・ダンダン(とにかく有名ブランド)のシャツとネクタイ。コピーでもOK」とのことでしたので、本人の好むピンクのシャツと赤いネクタイにしました。彼からの贈り物は「ソーソー(下院議員)・ピタック」と金で掘り込まれたボールペンでした。2000B以上もした、としっかり値段まで告げられありがたくいただきました。

 

1月5日 「正月明け」

  ようやく静かなチェンライの街が戻ってきました。今年の正月休みはタイの連休と重なったこともあり、タイ人観光客の姿が目立ちました。チェンライ市内の高級ホテルでもタイ人客の占める割合が高かったようです。所得が上がってきているわけではありませんが、消費(浪費)熱が依然高いのだと思います。
  今日は午前中銀行回りをし、全身マッサージに行き、急き立てられるように過ごした年末年始をクールダウンしようと思っています。1週間後にそなえ、体力温存です。
  仕事をひと段落させ、明日への活力を養うには旅に出るのが私の常套手段ですが、勤め人で無くなった今は気軽に飛び出せません。パスポートもバッグの中にあり、航空券の発券も即時可能、商売柄手元にまとまった現金もあります。陸路でなく空路で、タイ語の通じない違う匂いのする国に行きたいです。

 

1月6日 「役場にて」

  今日は朝からお客様に同行して郡役場に出向きました。翻訳のみお手伝いする約束のお客様なのですが、必要な書類をそろえるために何度も役場に足を運び、そのたびに窓口の女性係官にトンチンカンな対応をされ、書類が揃わず「もう倒れそうだ」と電話がきました。私もこの係官とはおととしの12月に対面したことがあり、彼女の無能ぶりはよーく知っていました。
  タイの小役人の悪い点は、横柄、要領が悪い、面倒くさがり、手抜き、不注意などなど挙げていくとキリがありませんが、もっとも困る点は自分の知識や経験からは判断できない案件を上司に取り次がない点です。自分の無知をさらすことが一番のマイナスと考え、頑なに自分で処理をしようとします。その結果が申請人に跳ね返り、書類が出ない、という結果になるのです。
  日本の常識では考えられないでしょうが、タイではコピーに自筆サインをしたものが有効な書類として認められています。日本ではたとえば住民表などのコピーをとると「これはコピーです」との表示がでて、すなわち公の場では使用できません。タイの書類を日本の役所に提出するためには、本人に渡されている原本のコピー、役場にある台帳のコピーをとり、そのコピーに「これは謄本である」と役場の印をもらわなければなりません。
  女性係官の仕事は台帳を探してきて、原本とコピーを責任者(助役)の机まで運ぶこと、そのコピーに公印をもらい申請人に返すこと、ただそれだけです。責任者の机は窓口の3歩後ろにあります。というわけでまず責任者に電話で連絡をとり、彼女の昨年末からの業務怠慢についてちらっと不満をいい、無事すべての書類を揃えることができました。
  お客様からは役場まで同行した手数料をいただきましたが、後日この助役やもろもろの関係者に夕食でも振舞うことになるでしょうから結果的にはマイナスなのです。


官公庁ではスーツやチュッタイ(タイの伝統衣装)など
きちんとした格好で出かけていくと対応が格段によくなります。
過度なほどの装飾品もお忘れなく。

 

 

1月7日「キムさんの著書」

  チェンマイ発の情報誌にチェンライ在住韓国人キムさんの著書が紹介されていました。チェンライ在住韓国人の中にキムさんは3人います。アチャーン・キム(金先生)と呼んでいるキムさんは、少々アクの強いゴルフ好きなおじいちゃんなのですが、彼の著作が少々物議をかもしていました。
  「チェンマイ」という題名の冒険小説です。以前J.トラベルHPでも触れたことがありますが、小説の舞台はチェンマイではなくチェンライ・ミャンマー国境の山岳地帯なのです。アチャーン・キムと北タイの関わりは1960年代から40年以上の歴史がありますので誤って題をつけたわけではなく確信犯的にメジャーな地名である「チェンマイ」を採用したのだと思います。チェンマイに心引かれて購入された方をいささかがっかりさせています。
  J.トラベルにもサイン入り著書が数冊あります。売れたかどうか頻繁にチェックに来るので心苦しくなり、まとめて買取しました。興味のある方はお声をかけてください。

 

1月8日 「地球の歩き方〜韓国」

  韓国のガイドブックではありません。韓国で発売されているガイドブックのデザインや構成が「地球の歩き方」そっくりなのです。日帰り象のりトレッキングに参加された韓国人親子のお写真です。チェンライの情報は非常に薄く、ホテル、ゲストハウスあわせて7箇所しか載っていませんでした。
  お子さんは9歳と11歳でしたが、チェンマイでの1泊2日のトレッキングを経験されてのチェンライ入りでした。英語も聞き取れるようで、お父さんといっしょになってこちらの説明を聞いていました。子供なのに英語がわかるんだ、と妙に感心しましたが、言葉というものは使うためにあるので、年齢は関係ないのです。山岳民族の村へ行ったときなどは、子供たちがお年寄りとの会話の通訳を務めます。
  下は台湾に流通するそっくり本です。


 

1月9日  「ゴールデントライアングルのバンガロー」   

  ゴールデントライアングル、チェンセンなどメコン川沿いの街の情報がほしい、と数人のお客様からメールをいただきました。そこで中級ホテルに相当するリゾートバンガローを6件見学してきました。また日ごろランチでお世話になっているアイヤラーリゾートの社長に新年の挨拶とついでにブッフェの味のチェックもしてきました。ここの「ミャンマー風チキンカレー」が好きでよく食べます。タイのカレーは香辛料よりも生ハーブが効いています。インドカレーのおいしさは乾燥香辛料だと思います。久しぶりにクミンのよく効いたカレーを食べて銀座のカレー屋を思い出しました。
  アイヤラーリゾートからの新年の贈り物はモンブランのボールペンでしたが、どう考えてもコピーです。オピウム博物館からは「パサック寺」ゆかりの小さい仏像と、「オピウムハウス」と大きく入ったポシェットをもらいました。これは研修生のアップルにあげることにします。
  今日はチェンマイで日本領事館主催の名刺交換会があります。車の部品も買いたいし、チェンマイからチェンライへ拠点を移したいというガイドの面接も兼ねて、午後には店を閉めチェンマイに向かいます。今日のお目当てのひとつはは日本食にありつくことです。

 

1月10日  「贅沢な食生活」

  年末からちょっと特別な食事が続いています。昨日の昼はタイ人社長が15年以上もお世話になっているソーソー・ピタック(ピタック議員)との昼食会でした。メンバーは写真右からピタック夫妻、ゴーメオ(猫さん)、ニット+私の5人。早朝ゴルフに出かけようとしていたゴーメオ、チェンマイへ出かけようとしていたJ.トラベルも「海老の炭火焼を食べよう」との声に予定変更。ただし支払いは誘ったソーソーではなく、チェンライで5本の指に入る資産家のゴーメオ担当です。
  ゴーメオは51歳独身。趣味はゴルフ。勤勉で誠実な女性との結婚を望んでいます。日本にいた時もそうですが、私の周りは独身(未婚)だらけです。ニットの学生時代からの友人グループではメック38歳(バンコク在住 J.トラベル会計担当)、ジェム39歳(バンコク在住 家具卸業社長)、ジミー39歳(チェンライ・ラチャパット教授)、ブー38歳(顧問弁護士)、私のタイ語の恩師35歳もです。
  夕食はチェンマイ・シェラトン(旧ウェスティン)で開かれた領事館主催名刺交換会、日本食ブッフェでした。お寿司やおせち料理などいただきました。今日からそろそろ市場やナイトバザールでの通常の食事に戻すつもりです。
  ゴーメオから皆様へ一言。服装がマイ・リアップローイ(軽装)なのはゴルフへ出かけるつもりだったため。色の黒いのもゴルフ焼けでけして病気ではありません。

 

1月11日  「『チェンライはフルブッキング』の理由」

  昨日はこどもの日に土曜日が重なり、チェンライ近郊はツアーもホテルもフルブッキングでした。タイ人は家族で行動するのが好きです。また冬にあたるこの時期は、寒さを求めてタイ各地から観光客が押し寄せます。J.トラベル専用車、契約車両も出払い飛び込みの受け付けもできません。マッサージにでもいってのんびりしようかと思っていた矢先、メーサイまでの片道観光&タクシーの依頼がありました。体の大きな欧米人4名様。1時間以内に車を探してみるが、ワゴン車がなければ屋根つきのピックアップトラックで妥協してもらうことにし、契約しました。
  暇な人なんているはずの無い日です。知り合いのマッサージ屋の送迎車も出払っていました。受けてしまった以上車を探さないと、、と電話帳をぺらぺら捲っていたところ、見慣れた契約車両がやってきました。「朝いきなりのキャンセルがあったので今日は暇だと言いに来た」のだそうです。さっそくメーサイ行きを依頼しました。


  写真は研修生のアップル、アップルママ、弟。子供の日なのでウタラディット県からアップルを訪ねて遊びに来られました。ドイトゥンとメーサロンに行ってきたところ、人ごみと乗りなれないジープでの移動で疲れたそうです。本当はワゴン車を用意してあげたかったのですが、お客様用の車すら足りないのです。ジープで我慢してもらいました。
  今日はバンコク行きフライトがフルブッキングです。そのおかげでうちのドライバーも2組、バンコクまでのタクシーサービスを請け負い出かけました。

 

1月12日  「リス族の村〜1」

  今年初めてリス族の村を訪問しました。。昨年9月にもお越しいただいた日本人ご夫婦とオランダ人親子5人。リス族は初めて見る西洋人の子供に興味深々です。JTS002でご案内している、観光コースからはずれた村です。数年前から年に一度ドネーション(寄付)に訪れている村です。おととし10月からお客様をご案内するようになりました。今まで30組ほどご案内しています。ツアーの頻度は月に2、3組です。チェンライ市内から約45分、周りにはタイ人、ラフ族の集落があります。また道もほとんど舗装されています。電気もきていますし携帯電話の電波も入ります。リス族、ラフ族合同の立派な小学校もあり、保育園も同じ敷地内にあります。
  通常コースのトレッキングや一般の観光ツアーで訪れる村と異なる点は、彼らは誰に見せるためではなく、彼らのために伝統衣装を身につけて生活しているのです。とんでもない山奥でも陸の孤島でもない、タイ人現代社会と隣り合わせの生活をしていても独自の文化、生活様式をまもっている村もあれば、電気も無く、ジープの通行さえ困難な山頂やがけっぷちに暮らしながら、日夜外国人観光客にさらされている村もあります。

 

 

 

1月13日 「雨です」

  メーサロンでの乗馬トレッキングを終えたガイドサイモンから「雨が降った」と報告がありました。この乾期(寒期)に?と半信半疑でしたが、夜8時を過ぎた頃からチェンライ市内でも大粒の雨が降り始めました。
  メーサロンではサクラが咲いていたようで、日本のサクラより濃いピンクの花をつけた枝を別のガイドが手折って来ました。この雨でせっかくの花が散ってしなわないか心配です。
  まだ季節の移ろいがよくわからず、この雨が寒さを呼ぶのか、春をとばして夏を呼ぶのがわかりません。ガイドたちの意見によると明日は寒くなりそうです。雷鳴もとどろいています。
  これを書いているほんの5分の間に土砂降りになってきました。
  実は昼間寝袋を洗濯しベランダに干してきたところなのです。やりなれないことをした私がこの雨を呼んだのでしょうか。。。ナイトバザールをお楽しみの皆様ごめんなさい。





1月15日  「役場にて−2」

  昨日は一日タイ人気質に振り回されました。
依頼人:ドイツ人と8年前に結婚し、ドイツ側で正式に籍をいれ、あちらで暮らしているタイ人女性
依頼内容:パスポートの更新がしたい。パスポート上は備考頁でご主人の姓へ訂正済み。婚姻を証明する書類はドイツ側発行の婚姻済み証明書コピーとパスポートのみ。
問題点:タイ側で未入籍。IDカード等もタイ姓のまま。今月27日にドイツへ帰国予定。パスポート更新には改姓後のIDカードが必要。
チェンライ郡役場の手順と言い分:現時点では書類不備。ドイツ本国から婚姻証明等数種類の書類を取り寄せること。それをすべて翻訳しバンコクの外務省で「翻訳が正しい」旨の押印を受け、役場に提出すること。その上でIDカード上の姓を訂正。
  パスポートはタイの外務省管轄で発行、訂正されたもの。「1995年婚姻により姓を訂正」と明記されてあり、有効期間内である。パスポートを有効な書類として認めず、他の書類をわざわざ取り寄せ、2重3重の手間と労力を申請人にかけさせることになんの抵抗もない頭の固さ。
  依頼人側も2ヶ月以上も里帰りしていながら、残り2週間になり慌てて手続きをするなど計画性の無さ。
  というわけで同行して再交渉してきました。婚姻を証明する書類一式はパスポート訂正時にすべて提出。タイ外務省の審査を経たもの。パスポートのみでIDカード切り替えの手続きをすすめてもらうよう粘りました。結果としてドイツ側発行の婚姻済み証明書コピーを自力で翻訳したものを参考書類として添付することを条件にOKがでました。
  いっそのことドイツ帰国後在ドイツタイ領事館で更新したほうがスムーズなのでは、とも思いました。。。

 

1月16日  「あと半月」

  昨年10月から始まった女子大生アップルの研修期間も残すところ半月となりました。2月頭にはチェンライの下宿先を引き払い実家のあるウタラディット県へ帰ってしまいます。アップルがいなくなると思うと寂しいです。スタッフたちは「ソムはアップルを愛しているからなー(ラックマーク)」と言ってからかいます。
  明日は日本人の団体様11名のツアーがあります。2台のワゴン車で出かけますので、女性ガイド・ヤイと日本人スタッフ、アシスタントにアップルを同行させることにしました。同日便で帰国されますので、グループをうまくまとめ、時間調整にも気を使わなければなりません。ミャンマーにも入国しますのでアップルは迷子対策です。平均年齢67歳(61歳〜77歳)男性ばかりのご一行様です。本日は皆様元気にウォーターフォードゴルフ場に出かけていかれました。

 

1月17日   「緊張の朝」

  今朝は7時半に出勤してきました。今すべてのツアーを送り出し、ほっと一息ついたところです。このところ毎週末チェンライ中のホテル、ツアー、車が満室、フルブッキングです。昨夜も午後10時半ごろになってどうにもホテルが見つからない、とのお電話をいただきましたが、普段でしたら必ず空いている宿泊施設まで満室でした。
  自社の車、ドライバー、契約車両だけではなく他社もフルの状態の朝は緊張します。タイ人社長も疲労でダウンしたカレン族ガイドサイモンに代わって1泊の乗馬トレッキングにでかけ留守。昨日まで4日間の団体様ツアーを終えた6人のドライバーのうち、2人も風邪でダウン。また新年から仕事続きで懐も厚くなった契約車両(フリーの車持ちドライバー)たちも「いい加減休みたい」などなど。前日になって「誰か代わりがいれば代わってほしいな、、。」と連絡してきました。タイ人の「誰か代わりがいれば」と言うのは「休みたい」のサインだと理解しなければなりません。当日「おなかを壊した」と連絡をもらうよりは早めに見切りをつけ、体力の余っている者を手配したほうが無難です。昨夜最後の車付きドライバーを見つけたのは午後9時をまわってからでした。
  チェンライの冬は昼夜の温度差が激しいのが特徴です。観光もしかり。繁忙期(11月から3月)と閑散期の差が激しすぎるため需要に供給が追いつかない結果になります。

 

 

   1月19日 「旅の終わり」

  今朝早く、リンクページでもご紹介している旅行者の方から「旅を終える」とのメールをいただきました。
  就職したときからいつも他人の旅立ちを見送る生活をしていました。今も旅の途中のお客様をお迎えし、見送るという毎日を過ごしています。

  「人生そのものが旅みたいなものですが、
   人の一生の中でどれだけ旅ができるかは、
   本人の選んだ職業にも大きく左右されますが、
   本人の心掛け次第というところもあります。」

  これは毎日目を通している邱永漢氏の1月15日の日記からの引用ですが、私も引き抜くことのできないくらい太い根を地面に下ろした人生よりも、その気になれば違った環境や異国に新たな根を下ろす、そんな覚悟とパワーを持ち続けたいと思っています。もっとも
  今は微風でも飛ばされそうな根を太く長くしている最中です。
  ちぃさん。お疲れ様でした!!

 

  1月21日 「ちょっとした贅沢」

  以前ある女優が「自分でシャンプーはしない(美容院で洗っている)」とコメントしていました。住む世界が違うな、と思っていましたが、今私も同じような生活をしています。 
  タイを旅行された時、美容院と洗濯屋の多さにびっくりされるのではないでしょうか。洗う、乾かすという作業は以外にパワーを使い、時間もかかります。少しでも面倒なことは外注できるのがタイの暮らしやすさです。
  というわけでシャンプーに行くのが日課となっています。暑い午後、ゴムホースからちょろちょろ流れる水で頭部のマッサージを兼ねてのシャンプー。50バーツの贅沢です。その後2時間のフットマッサージや全身マッサージに行けば、極楽です。そうしてやる気を取り戻しパソコンに向かいます。
  今の生活にかけているものは韓国式アカスリです。日本でも定期的に通っていたのでとても物足りなさを感じています。

 

  

1月22日 「中国正月1日目」

  昨日明け方から新年を迎える爆竹の音が鳴り響いています。華僑系オーナーのホテルでも爆竹そのものをロビーの飾り付けに使い、極彩色の竜を配置し中国正月一色です。銀行や官公庁などは平日扱いです。休むも働くも通学するも個人にまかせる、というスタンスのようです。中国系マレーシア人とのハーフ・研修生のアップルは帰省をせず、昨日から1泊2日の観光ツアー「チェンライハイライト」に同行しています。
  昨夜JTS002でご紹介しているリスの村では新年を迎える踊りの会がありました。今日は日本人グループ6名様がリスの村の正月行事に参加されています。ドライバーのシアン〜彼の奥さんがラフ族ということもあり、面倒を見ている村が3箇所あります。(チェンライ市内、メーチャン、メースワイ)〜の親戚の村でも今日から正月ということで、急遽コースを変更し、リス(写真上)とラフ(写真下)異なる民族の正月を体験していただくことにしました。
  タイ人社長はミャンマー1日ツアーに出かけています。タチレクから約30キロのタールア川周辺まで、数箇所の検問所を超えるプライベートツアーです。今回はミャンマー側で車を雇いました。ドライバーはチェンライ方言を話すタイヤイ族です。
  私もリス・ラフの正月に参加したかったのですが一人留守番、ガイドにもたせたカメラの正月映像を待っています。

 

1月25日 「リス族の新年とフランス人の野外晩餐会」

  毎年この時期になるとフランスから20人前後のグループツアーが入り始めます。2,3日のチェンライ滞在の中、メインは山岳民族の村でのキャンプファイヤーディナーです。昨年はアカ族、ラフ族、首長族、リス族と4箇所を順番にまわり催行しました。中でも一番「アメージング」と評判なのはリス族の村。今年第一弾となった野外晩餐会、どの村を選ぶか迷いましたが、新年の祭りが続くリス族の村からスタートすることにしました。
  フランス人19人のお客様は3台のミニバスに分乗、チェンライ市内すぐそば、幹線道路を外れ15分ほど無舗装の道を進むと別世界のようなリスの村が広がります。彼らの抜群の色彩感覚が桃源郷を彷彿とさせるようです。ガイドサイモン、ドライバー3名、研修生アップルの5人がにわかシェフとなりタイ料理を披露しました。
  メニュー
  プラー・チョン・カボック(雷魚の竹筒蒸し、レモングラス風味)
  ゲーン・キャオ・ワーン・ムー・チャオカオ(野生豚・ラフ族作のグリーンカレー)
  パット・パック・ブン・ファイデーン(空心菜いため)
  カオ・チャオカオ(リス族作玄米ご飯)
今年に入りヨーロッパ人観光客は鶏インフルエンザを気にかけるのか、なんでも食べるけどチキンだけは。。。という方が続出しています。そこでドライバーの奥さんの実家ラフの村から解体したばかりの野生豚を持ち込みグリーンカレーにしました。
  昨日の雷魚蒸しは大成功だったようです。(私も朝食に食べました。脂がのりツルンとした食感の雷魚にマナオをキューっと絞ると最高です。)フランス人の絶賛に気をよくしたカレン族ガイドサイモン。本日7名のドイツ人グループを率い1泊のトレッキングに出かけますが、今日のランチに採用する模様。


1月26日 「探し物アレコレ」

  今日はちょっと変わった探し物のお客様がありました。
  1組目はスペインから。タイ風建築の屋根の飾り(チョーファーといいます)を仕入れたいとのこと。ちょうど私もタイ風の家を建てようと計画中で、タチレク(ミャンマー)に行った折に少しずつ資材を買い込んできているところでした。ガイド・エーをつけて8時過ぎにチェンライを出発。1日タチレク買い物ツアーでじっくり探していただきました。
  2組目は北タイで牧場を営みたいという日本人の方。手本となる施設を探し見学交渉、撮影許可等すべての段取りと現地へのご案内をというご依頼でした。チェンライ近郊には2箇所該当する牧場があります。1箇所はコック川沿い。先週末になって部外者の見学は罷りならんとの回答がありました。知人を介しなんとか2箇所目を探し当てましたが、こちらは電話すれども応答なし。やむを得ず直接現地に向かい交渉することにしました。見学ができた場合には成功報酬をいただき、運悪く見学を断られた場合には車とガソリン代をいただくという契約にしました。  無事見学できました。
  月曜日はガソリン代の支払日です。手元に一番現金があるのを知って、朝一番に集金がきます。先週1週間で2万バーツ以上のガソリンを消費しています。ガソリン代のために働いているようなものです。

 

1月27日 「お尻に火がついています」

 明日が締め切りの翻訳があります。
 納期に余裕がありすぎたため、2週間ほど手をつけておらず、昨夜の夢の中でも「やらなくちゃ」とうなされ、今朝から取り掛かっています。
  全8ページ、残り2ページ分をパソコンに打ち込めば完成です。今朝は3時に起きたのでもう眠くてたまらないのですがなんとか仕上げたいものです。




1月28日 「オーディー???」

  10年ほど前から中古車の売買・仲介をしています。ローシーズンや戦争・テロの影響で本業のJ.トラベルが大打撃をうけた時は、これがあったからこそなんとか食べていけた(そうです)。
  今日は「オーディー」の出物がある、と電話がありました。「オーディー」って??なんど聞いても「オーディー」です。ヨーロッパ車だというのはわかりました。シンボルマークをきくと「輪が5つ」…アウディーでした。ちなみに輪は4つだと思いますが。。
  トヨタはトーヨー、ミツビシはミッツーと呼ばれています。
  めでたくオーディーは引き取り先がありました。またJ.トラベルで一番酷使されている3000ccのニッサン車もランド・ローバーと交換が成立しそうです。こちらも「レン・ローバー」と呼ばれるためどの車を指すのかよくわからず実際に見に行ってしまいました。スズキジープをボルボと交換したところ、予想以上に不便をしています。やはりジープも1台あるべきだ、というわけで状態によってはニッサンのワゴン車を手放そうかと思っています。
  ボルボの時はタイ人社長のごり押しで私の愛するジープを手放したので、この件の決定権は私にあります。タイ人社長とドライバーのシアンはニッサン車をとても愛しています。

 

1月29日  「ビール1ケースと豚一頭」

  明日から3日間(1月30日〜2月1日)はカレン族ガイド:サイモンの村の新年です。1月1日〜3日にも西暦の正月があり、豚とビール、特大デコレーションケーキ持参で参加しました。さきほどサイモンから「ビール1ケースと豚一頭」の注文が入り、J.トラベルからの贈り物とすることにしました。
  カレン伝統の儀式で正月の行事がすすめられます。せっかくですから2泊のトレッキングのうちの1泊をサイモンの村で過ごすことにしました。村のリーダーでもあるサイモンはこの間村を空けられませんので、トレッキングのガイドはアカ族のアトゥが務めます。私も31日の夜だけ宴に参加するつもりです。

カレン族の村で新年を迎えました。嫌になるくらいブタを食べました。。

Dec2003

Feb 2004

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