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is possible
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3月8日第一子を出産しました。
月曜日生まれの女の子です。
名前は ジャンスリヤー・ジャクスワン
ジャンは月、スリヤーは太陽です。
| 3月1日 「国籍」
先週は婚姻手続きに関する相談が2件ありました。タイ人女性と外国人男性の組み合わせですが男性側が少々ややこしいのです。
一組目は男性が日系ブラジル3世。相談に見えた女性は「日本人と結婚する」と思っていますが、日本在留資格(永住)があり日本人の子孫ではあるけれどブラジル国籍ということと国籍が日本であることとは大きな違いがあること。揃えるべき書類はタイ語・英語・ポルトガル語で、日本語の書類は婚姻には必要ないこと、私ができる仕事はタイ語・英語翻訳とそれに関する一連の手続きで、ブラジル側への申請書類の作成はできないこと、などなど2時間以上
説明をしました。
二組目は男性がドミニカ国籍を持つ中国本土人。正確に言うとドミニカ国籍とパスポートを金で買った福建省出身中国本土人です。ドミニカをはじめ、数カ国の中南米諸国、アフリカの国は国籍を買うことができます。またその国のうちの数カ国は日本やシンガポール入国時にビザが必要ありません。話を聞くとこの男性も日本行きを視野にいれて2年前にパスポートを取得したようです。もちろんスペイン語は話せませんし、ドミニカがどこにあるかもあやふやでした。縁があってタイ人と結婚することになった現在、このドミニカ国籍が婚姻手続きをややこしくしています。この男性はタイ側で籍を入れ、将来はタイ永住権、末はタイ国籍を手に入れたいそうです。中国語と片言のタイ語しか話せないこの男性がまずすべきことは在バンコクドミニカ総領事館で各種証明書を発給してもらうことです。形式的な国籍しか持たない彼に対してどの程度の書類が発給されるか不明ですが、英語の書類を取得できたらタイ語への翻訳とタイ側ですべき手続きは代行する(かも?)と話して1回目の懇談は終わりました。
日本人は日本国籍であること、に強いこだわりを持つ民族のひとつだと思います。中国人にとって国籍とは生き抜く手段のひとつなのでしょうか。どこに籍を置こうとも根っこは中国人であり続けられる強い民族です。
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| 3月3日 「苦手なこと」
タイ人の身分証明といえば顔写真と氏名・住所の記載された国民登録証(IDカード)と家籍簿(家が一単位となった住民票。親戚、居候も記載されています)です。原本をコピーしたものに自筆サインをすると公的な場所でも使える身分証明になります。外国人の私はパスポートと労働許可書のコピーを身分証明として使っています。
ちょっとした契約から車の売買、役場への代理出頭まで、上記2つの書類がなにかと必要です。私はコピー1セットを最低5部は机の引き出しにストックしてあります。コピーをとるなら1部も10部も手間は変わりません。私よりも使用頻度の高いタイ人社長はというと、しょっちゅうストック切れでバタバタしています。今もコピーを1部だけとろうとしているのでどうせなら20部ほどとれば、というと時間がない、とか今日は必要ないとか言います。
「あらかじめ用意しておく」家庭や学校で習わないのでしょうか。昨日も1枚だけ封筒を買ってきたので、買うなら100枚単位で買ってくれば、というと「だって今日は必要ないから」。今日は必要なくても買っておくことを学習してほしいです。ドライバーたちも然り。ブレーキオイルやエンジンオイルなども車ごとに備えて置くように指示していますが、使い切ったらそれっきりで出発前になりガソリンスタンドでその都度購入したり、他の車から持ち出したりしています。ガソリンも(自腹ではないのですから)ツアー終了時に満タンにして置けばいいのです。なぜか300Bだけ補充した、など半端なことをします。で次の日にやっぱり200B補充した、の繰り返しです。
ふと顔を上げると身分証明用のコピーを探した後なのか、数箇所の引き出しがあきっぱなし、「重要」と書いた書類ケースやその他もろもろが出しっぱなしです。そのあきっぱなしの引き出しからは私がデジカメ用に買い置きしてある電池が数個でてきました。この間からどこに仕舞ったのか探していたのです!!
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| 3月4日 「待ち人来たらず」
そろそろ産休に入ろうと思い作業を進めています。が、まわりが呑気なタイ人だらけでどうも思うようにことが運びません。明日なにがおこるかわからないから今日できることは今日のうちに、、と思っている私。あれ、今日も元気そうですね、よかったよかった、では後ほど。とタイ人たち。
オフィスのPCのデータをノートブックに移してこれからの自宅での作業に備えようと、PCに関してはまったく無知な私はひたすらコンピュータープラザの自称エンジニア(買ったときからJ.トラベル担当なのですが、あまり頼りにはならない)の訪問を待っています。当初の約束は月曜の午前。今日は木曜日。おまけに明日から3連休です。コンピュータープラザの店員はさずがにまずいと思っているのか、毎日ご機嫌伺いに別の人間をよこします。昨日はメッセンジャー(使い走りの若者)が2回も顔を出し「元気ですか?」君に来てもらっても何の役にも立たないんですけどね。夕方には社長(若干28歳)も顔を出し「明日は朝一番に行かせますから」と挨拶して帰りましたが、今日も朝から誰も来る気配がありません。約束とは守るためにあるもので、善処します、と心意気だけ見せられてもかえって困るんですが。
私もかなり日本の時間の進み方に遅れ気味でよくお客様から「回答が遅い」とお叱りをうけますが、タイの時間の流れはじわじわと日本人をも侵食してしまうようです。明日はタイの祝日とあって週末は3連休です。例によって受け皿の小さいチェンライの観光関連はフルブッキングです。週末3日間の手配を依頼してきているある会社の担当者も、注文は細かいのですが日程や肝心な点が今ひとつまとまらず「そちらで適当にやってくださいよー」とおっしゃる割には、とても大切なお客様なのでくれぐれも間違いのない対応を、と釘もさされ、、。私が面倒なことの嫌いなタイ人気質100%なら、たぶんこのご依頼穴が開きます。
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| 3月5日 「待ち人来る」
タイ(チェンライ生活)では気長に待つことが必要です。月曜日から待っているコンピュータープラザのエンジニアが昨日の夜の時点で来ず、見かねたこのHPの生みの親がチェンマイから助っ人でやってきてくれることになりました。
もう必要ない、と待つことをやめた頃に彼らはやってきました。エンジニアのトゥイ兄さんとメッセンジャー、見習いの3人で。1時間ほど作業をしノートブックPCでのサイト作成が可能になりました。メールの設定は失敗しましたが、これは自分でもできそうですし、お腹がすいてそわそわしています。彼らの集中力は1時間が限界のようです。
トゥイ兄さんたちはいつも出張技術料を受け取ろうとしません。アフターサービスだといいますが、無理やり受け取らせて帰します。正々堂々技術料を請求し、責任持った仕事をしてもらわないと困るのです。
トゥイ兄さんについてきたメッセンジャーと見習いは、大型スーパーの広告を眺めたり、もう1台のPCで写真を見たりCDを聞いたり鼻歌を歌ったり、おまけに本日のトップページ写真を勝手に更新したりして楽しく過ごしていました。このくらいの無礼さ(彼らは無邪気だと勘違いしています)はチェンライ・ラチャパット大学の学生も持ち合わせているのでもう慣れてしまいました。いたずらっ子のことを「デック・ソン」と呼びますが、そのまま大人になった人の割合が日本人に比べて多いようです。
先月までの研修を終え優秀な成績で卒業した、アップルのような勤勉で几帳面な生徒に出会えたことが奇跡だと思っています。もっともアップルには半分中国人の血が流れていますが。。
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3月6日 「亀田製菓とアップルシナモンパン」
日本の袋菓子や町のパン屋のパンは本当においしいですね。感激します。昨日からの3連休、当社ツアーをご利用いただいているお客様から亀田製菓のサラダせんべいとパンをいただきました。正確には日本人スタッフがいただいてきたものを半分わけてもらいました。あられやおせんべい、大好きです。先日もウニあられをいただき大感動しました。生地の甘くないパンもタイでは珍しいです。おいしさのレベルは 日本のこだわったパン屋>日本の町のパン屋>タイのホテルのパン>チェンマイのデパートのパン>日本のコンビニパン>タイのコンビニパン>チェンライのパン全般 です。
チェンライバス停前にスウェーデン?のボランティア団体が運営するベーカリー(パン数種類とケーキ)があるのですが、そこのレベルも日本の駅ビルパン屋にとても及びません。パンは甘くないバゲット(ゴマ、ひまわりの種、紅茶、蜂蜜パンなど)ですが、小麦の香りがしません。「甘くない」というのが唯一のウリです。ケーキも生クリームが重く、スポンジも重く、シュー生地はパサツキ、1つ食べると胸焼けします。チェンライではバターケーキが主流なのでそれよりはましなのですが。
不満をたらたらこぼしながらも週に一度はコーヒーブレイクに通っています。独占・寡占状態の商売には向上がみられなくて消費者に厳しいですね。
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3月7日 「雨です」
今日のツアーは朝6時発のゴルフからスタートしました。今最後の出発の「ルン・ホーム:ホームおじさん(チェンライ最年長ガイド ホーミー58歳)」を送り出して一息ついたところです。寄り道が多くツアーが最も長いのがタイ人社長とホームおじさんです。今日の彼のメニューは首長族と耳長族、メーサイからタチレク、人力車でタチレクのタイヤイ族(ルン・ホームはタイヤイ族です)の村、ゴールデントライアングル、です。寺院や遺跡には興味がなく、山岳民族と国境越えが目的のイギリス人グループです。
首長族の村へ行く途中、ヤオ族、アカ族、ラフ族(ドライバー シアンの親戚が住むノン・ツーリスト村)があります。その3箇所に寄った後首長族に寄ろうかな、とドライバーに話しています。メニューにないんですけど。。9時出発でそんなに寄り道をしていたらランチの予定のメーサイ・ワントンホテルに着くのが午後2時をまわってしまいます。ホームおじさんのお客様へツアーを販売したのは私です。お客様も「立ち寄れる村は全部見てみたい」とおしゃっていたので、ホームおじさんがこの寄り道を提案するときっとコースが変更になると思います。
今朝大粒の雨が降りました。車にもJ.トラベルにもいいクールダウンになりました。昨日はガイド2人(アカ族ガイドアトゥと女性ガイドヤイ)が風邪でダウンし、朝2組もガイド変更、当日のご依頼でドイトゥン山、メーサロン経由チェンマイへ出発というツアーも入り、午前中からグングン気温の上がる中本当にバタバタはらはらしました。疲れたので午後8時前には店を閉め、ワンカムホテル前のワンカムバーバーで足の爪を切ってもらいながらシャンプーをしました。ぬるま湯に両足を浸し、その間にシャンプー。ブラシで足を洗ってもらい、やわらかくなったところで爪を切り、最後に清涼感のあるパウダーをはたき約1時間で終了。たいていは熟睡してしまいます。100Bです。
タイで足の爪を切るときは「スクエアカット」と指定しないと、両端を短く切り落としたまーるく古臭いラウンドカットになります。爪の健康にも良くないので要注意です。おそらく15年近く自分で足の爪を切ったことのないタイ人社長の爪はラウンドカットで、爪の両端が足の指に食い込んでしまっています。
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| 3月8日 「誕生」
昨夜建設中の家の見に丘に登りました。厚い雲が月をすっぽりつつんだ闇夜でした。が、ときどき月が顔を出し龍が空を飛んでいるように雲を照らします。
妊娠がわかってから節目節目に何度も龍の形の雲を見ました。龍を見るとおなかの子どもが呼んでいる気がしました。タイ人社長と2人空を眺めながら「明日生まれるかもしれないね」と話していました。
明けて3月8日。定期健診の日でした。朝予兆があり病院に行くと「今晩か明日未明生まれます。すぐ入院すること」といわれました。「すぐ」といわれていもまだ雑務整理ができていません。オフィスに行き2時間ほどで各方面へメールを出し、バンコクのエージェントさんにも事情を話し、とバタバタバタバタ午前中を過ごしました。お昼を過ぎて「もうさすがにまずい」状況になり病院に駆け込みました。
入院したのはキリスト系総合病院オーバーブルック。6泊7日で母子合計4万バーツ弱でした。宿泊(入院というよりは宿泊と呼ぶのがふさわしい部屋)した部屋はデラックスルームと呼ばれるバスルーム付きの至れり尽くせりの部屋。タイ人社長もここに泊まり出勤しました。希望すれば母子同室も可能、快適でした。

生後3日目。親バカですみません。。
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3月16日 「タイハーバルスパもどき」
1週間前に出産し、数日前から自宅でPCの前に座っています。
タイ人社長の家ジャクスワン家はチェンライではかなり古い家です。市内から7キロほどのサンサイ地区(ここは住所こそ市内ですが立派な田舎です)にはジャクスワン姓が多く、親族のまとまりは相当強いものです。ジャクスワンの血を誇り、親類を愛し、派手好きですので昨年数回あった葬式も大仰なものでした。ジャクスワンは「王」、「王の土地」という意味です。
そんなジャクスワンの一員になってしまった私は、出産前から産後の生活場所が決められていました。産前はサービスアパートメントで生活し、自宅は建設中(来月完成予定?)、今は伯母さんの家に一家3人が居候しています。産後1ヶ月を過ぎるまではどうやら外出は許されないようです。1日100Bの食費と滞在中の水道光熱費、通信費を支払い、上げ膳据え膳ですべての面倒を見てもらっています。そのおかげで青色吐息のPCと格闘しながらも通常の20%ほどの仕事が再開できています。
今一番の楽しみは午後の入浴。数ヶ月前から今年77歳のおばあさんが庭から10種類のタイハーブを集め、日陰干しし、水から煮出したハーブ湯で入浴します。昔から「美人だ美人だ」といわれ続けたおばあさんの美容法なのだそうです。数年前からハーバルスパを求めてプーケットやサムイに出かけていましたが、まさか居候先でタイハーバルスパもどきが待っているとは思いませんでした。おなじみのタイハーブ、レモングラスやタマリンドなどは入っていません。白い野菊のような花が1種類(カモミールではないようです)、根のついた鋭い草(外観は似ていますがレモングラスではないようです)、木の葉が8種類、私も含め皆さんが名前を聞いてわかるものは「バナナの葉」だけです。
ラオスビエンチャンやルアンパバーンにある薬草サウナは、体によさそうなどちらかというと漢方薬に近い匂いですが、我が家のタイハーブは柑橘系とショウガを混ぜたようなさわやかな香りです。薬効は不明ですが美人のススメる湯ですからそれなりの人もそれなりにきれいになれるでしょうか。
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3月18日 「チェンライ田舎暮らし」
田舎に缶詰状態です。旅行以外で何日も仕事に行かない日なんて32年間で1度もありませんでした。ずる休みもせいぜい2、3日でしたし。1から10まで何人もの人に世話をしてもらいながら、反対にストレスが溜まっていっています。貧乏性な私には相応しくない環境なのかもしれません。
庭に出ることも禁止されているのですが、朝こっそりミントを摘みに行きます。先日友人が陣中見舞いにおとずれ、「なんとパーフェクトな恵まれた環境にいるんだ!―1日ふつかならいいのですが、さすがに5日もいると世間から取り残された気分になります―」ふと足元とみるとミントが群生していました。
お茶(日本茶、中国茶、紅茶)もコーヒーも禁止されています。口にしていいもの、悪いものはすべてサモンプライ(タイハーブ)担当のおばあさんに聞かなければなりません。はたしてミントティーは?OKでした。朝摘みミントをたっぷりティーポットに入れ、飲んでいます。また毎日タイハーブ湯で入浴していますがこれも飲んでよい、との許可がでたので飲んでいます。
夕方日本食レストランからカツサンドの差し入れがきました。カツもやわらかくマスタードがきいた日本の味、タイ人社長に持ってきてもらい家人の目を盗んで食べました。とってもおいしかったです。ごちそうさまでした。
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3月20日 「大きな顔した居候」
親戚の家に一家3人居候し家事育児全般すべての面倒をみてもらっていますが、世話になっているのはそれだけに留まりません。
今タイ人社長のおじいさんから受け継いだ土地(チェンライ市内が一望できる小高い丘の上にあります)に自宅を建設中です。土地の造成から手をつけました。これはドライバー・ジェームスの父親が所有する重機(以前ミャンマーのチェントン周辺で道路建設をしていました)を使い3日で仕上げました。少しでも安く手早く家を建てるには建築資材も自分で購入するに限ります。やはり親戚の知り合いから安くチーク材を仕入れました。木のまま仕入れ、木材へ加工する大型のチェーンソーも購入し(使用済み7掛けでジェームスの父親に売ります)、大工に加工させています。屋根瓦は古い家を壊したものを買い集めました。こちらも親戚中から持ち込まれました。約80年前のおじいさんの代の瓦です。チェンライには職人がいなくなり、今ではチェントンでしか作られていないそうです。この瓦は防水加工もかねて赤銅色に色を塗りなおします。
そのチーク材の加工現場は居候先と同じ敷地内にあるジェームスの家の庭です。朝から晩までチェーンソーの音が響いていますが誰も文句をいいません。バスタブやキッチン用品が届くたびにジェームスの家の倉庫にしまわれます。また瓦の色づけは左隣の親戚の庭です。近所のおばさんたちが集まって井戸端会議をしながら塗料を塗っています。賃金は日払いなので3人のときもあれば7人いる日もあります。
こんな待遇にいちいち恐縮することなく普通の顔して受けられるようになると立派なタイ人の仲間入りです。
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| 3月22日 「カレンの米」
炊事・洗濯・育児を担当してくれるメーバーン(お手伝いのおばさん)がいる恵まれた環境ですが、外出禁止令には辟易しています。今朝は「ちょっとそこまで。。」と逃げるように家を抜け出して2週間ぶりにオフィスに行きました。時間はたくさんあるので翻訳の依頼はいつもの3倍ほどのスピードでこなしているのですが、自宅に持ち帰ったPCに問題が。。タイ語の入力ができないのです。手書き指定で依頼されているものはいいのですが、メール添付で回答しているものの処理ができません。というわけで空気のまだきれいな早朝オフィスに出向き、無事ひとつ仕事を終わらせました。家には午後1時ごろ帰宅し、メーバーンに外出をぶつぶつとがめられながら食事をし昼寝をしました。
私が毎日食べている米はタイ米ではなく、カレン族サイモンの家の米です。パラっとしたタイ米とはまったく違う食感、日本米に近い粘りがあります。日本米をとんと口にしていない私にとっては日本米そのものです。毎食そのカレン米を食べていますが、ちょっと困ったことがあります。
メーバーンは毎回お皿に山盛りのカレン米を盛って食事を運んできてくれます。ちょうどお茶碗に軽く2杯ほどの量です。食感の軽いタイ米でしたら皿いっぱいの米を食べてもそれほど重くはありませんが、毎食茶碗2杯のカレン米はずっしりとおなかにたまります。メーサイで買ってきた味付け海苔、お客様手作りの岩塩だけでつけた梅干、鰹ふりかけ、とろろこんぶで山盛りのごはんを食べています。こんな生活があと3週間ほど続くとなると、体形がおおいに気になります。
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| 3月24日 「トゥクトゥク」
沖縄のアジア雑貨店です。経営者は私とほぼ同い年の女性、ケイコさんです。年に1,2度、山岳民族の手工芸品を買い付けにいらっしゃいます。
昨日突然日本のコンビニ菓子を手土産にチェンライにいらっしゃいました。お泊りはいつもの韓国ゲストハウス。お目当てはリス族のバッグ、ラフ族の各種製品、ヤオ族には製品の作成を発注し、本日のお泊りはカレン族サイモンの家です。明日は別のカレン族の村へ染色を見学・体験に行きます。
昨年もサイモンの家にお泊りいただきました。日本人の女性、ホームステイ第一号です。サイモンは今日まで2泊3日のトレッキングに出ていたので、事情を知らないまま今日の突然の再会でびっくりしていました。
ヤオ族の村には職を求めて絹織物で有名なイサーン出身の女性が何人も暮らしています。皆さんがおみやげ物としてヤオ族の村で購入されたシルク製品、実はイサーン女性の作、ということがよくあります。私もヤオ族の村でイサーンシルクを仕入れ、数着のチュッタイ(タイの伝統衣装)を仕立てました。今回もヤオ族の村に出かけはしましたが、そこで暮らすイサーン女性に製作を依頼しました。
今日発注した製品は5月はじめまでに日本へ郵送します。沖縄の「トゥクトゥク」は5月東京の代々木公園で開催されるタイフードフェスティバルに出店します。チェンライで仕入れた製品はそこに並びます。
過去2回、私もタイフードフェスティバルに参加しました。3年前はタイランゲージネットワークの青空タイ語教室の講師として、2年前はタイ工業省率いる「一村一品運動(one
village one product)」の雇われ通訳として各種タイ国美術手工芸品を売りました。
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| 3月26日 「自宅軟禁、もう限界」
ご機嫌斜めのPCを使い少しずつ仕事復帰をはじめて10日が過ぎました。外出禁止を言い渡されている期限まであと2週間ほどですが、一日家にいるのはあまりハッピーではありません。どうしても断れない依頼や、会っておかなければいけない人の訪問、それを口実に今週は3日間家を抜け出しました。今日も午後から通訳の依頼の打ち合わせにでかけ、ついでに建設中の家を見てきました。しばらく出歩かない間にチェンライは暑くなりました。頭がクラクラしました。
家の建設費について相談を受けました。設計、建築資材、大工への労賃この3つが合わさったものが建設費です。大工への労賃は1タランワー(1平方メートル)あたりの労賃から算出できます。チェンライでは安い家で1タランワーあたり800〜1000B、いい家になると1500B、1800Bでしょうか。たとえば5m×5mの安い家は25000Bの労賃で建ちます。建築資材も国道沿いやバス停前のホームセンターで価格のチェックができます。
料金に納得いかない場合は電卓片手に再度交渉してみてください。
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| 3月28日 「眠る日々」
結局締め切りがあるほうが数倍仕事がはかどるのです。
店頭にいると電話や接客、銀行通いなどの野暮用でゆっくり座っていられません。邪魔の入らない静かで自由な時間があればHPを充実させ完成させられるのに、と歯がゆく思っていました。今ほとんど自宅で作業をしています。メーバーン(お手伝いのおばさん)が家事育児のいっさいを引き受けてくれる大変恵まれた環境にいるのですが、そんな時間に余裕がある状態だとついいろんなことが後回しになります。午前中も午後もウトウト、夜も気がつけば9時前には寝る体制にはいっています。
職場復帰のリハビリも兼ねて明日から午前中だけ出勤することにしました。産後1月は絶対安静との概念にこり固まった親戚やメーバーンは大反対ですが、家に1日いるよりも出歩き忙しくしていたほうがサバイチャイ(気が楽)なのです。来月中旬からは朝から晩までメーバーンに家事育児雑用すべてをまかせて完全復帰するつもりです。
久しぶりに新メニュー追加しました。先月予告していたとおりアカ族ガイドアトゥオリジナル上級者むけ4泊5日トレッキングコースです。原稿は2週間も前に渡されていました。。アトゥ曰く「チェンピオントレッキング」という名前にしてくれ、とのことですが、センスの問題で却下しました。
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| 3月29日 「復帰1日目」
今週から少しずつ職場復帰することにしました。まずは午前中のみ出勤を、と今朝はゴルフツアーに出かけるお客様をサンティブリゴルフまでお送りしました。
午後は帰宅予定でしたが、ゴルフ後に観光を希望されたお客様にご同行し久しぶりにメーサイに行きました。HPでご報告するのを忘れていましたが、現在メーサイでの出国手続きはすべて国境入管で直接行なっています。以前のように国境橋1.5キロ手前のメーサイ入管に立ち寄る必要はありません。この運用は2月26日からでした。
ミャンマー・タチレクに入国されるお客様とガイドを見送り、私は一人ワントンホテルのレストランでケーキを食べながら待っていました。ガイドブックによると3つほど星のついたホテルですが、中国系経営者のこのホテル、もっとも暑い午後3時にエアコンを切ってありました!!顔見知りにウエートレスたちも暑さでぼーっとしています。
結局帰宅したのは午後6時過ぎ。暑さと予定外の労働ですっかり疲れてしまいました。明日はどこにもいかずに家で過ごします。タイハーブ係りのおばあさんがハーブサウナ室を準備してくれています。完全復帰はまだまだ先になりそうです。
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| 3月31日 「ウイルスメール」
昨日からウイルス付メールのラッシュです。以前友人が「『メールの書き方・マナー』ってあるけど、ウイルスついていないメールだったらどんなのでも許せる」という風なことを言っていました。今はその気持ちがわかります。大量のウイルスメールを見ると朝からやる気をなくしてしまいます。
ウイルスメールに出鼻をくじかれたせいでしょうか、今日は何をやっても駄目な日でした。朝着ていた上着をどこかに忘れ、気づいたら携帯電話も手元にないし、久しぶりに履いた4センチヒールのミュールで靴擦れし水ぶくれはできるは、夕方知人に紹介された土地を見に行くと下草や倒れた木で足に擦り傷をつくるは、、。
明日4月1日は携帯電話会社AISのお客様感謝デーということでサンティブリゴルフでのプレーが無料です。AISの01からはじまる電話番号オーナー限定だそうです。私の携帯電話がAISの01番号ですが、観光ビザの時に購入したのでドライバーのシアン名義になっています。明日タイ人社長はシアンになりすまして、サンティブリで10時からプレーだそうです。他のメンバーもそれぞれ従業員や秘書になりすまして集まってくるようです。参加メンバー4名のうち、本当のAISの01番号オーナーはメーサイ中高等学校校長ただ一人です。
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Feb 2004
Apr2004
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