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11月のつぶやき

11月12日から14日まで陸路でミャンマー入国、チェントン・モンラーへ
この3日間J.トラベルは全面休業しました。

11月1日 「タイランゲージネットワーク」

  東京・神保町にある老舗タイ語学校です。私のタイ移住の背中を押したのもこの学校で出会った先生・友人です。昨日タイランゲージ(TLN)の生徒さんがチェンライにいらっしゃいました。3年ほど学ばれているということで、会話力を試すよいチャンスです。当社からもガイドに加えて日本語特訓中の研修生アップルを同行させることにしました。
  今日の予定は市場で買い物〜お寺へのタンブン(寄進)用と昼食用〜、チェンライ市内にある丘の上の古寺でタンブンとメディテーション(瞑想)〜この寺の僧は一日1食という食事制限があります〜、カレン族サイモンの家でランチクッキング、コック川沿いの温泉でビール休憩、白一色の寺ワット・ロンクンなどなど。前日まで仕事に追われストレスが、、とおっしゃっていたのでリラックスが目的です。
  TLNの先生達はほとんど中国系のバンコクっ子です。はっきりした標準語を話します。偶然私の担任はチェンライ人でしたが、標準語を話していたと思います。チェンライ・チェンマイなど北タイ庶民は同じ言語とはおもえないほどなまったタイ語を話します。声調(メロディー)も違えば、RがHに変わるなど発音も異なります。また単語そのものも独特のものを使います。日本のタイ語学校でつけた自信が揺らぐこともあるかもしれませんが、くじけずどんどん言葉を発していただきたいな、と思います。
2週間後に同校の生徒さんがまた一組遊びにこられます。

 

11月2日 「お供え物のお下がり」

  今少々不謹慎ながら線香の火が消えるのを待っています。家の精霊(ピー)に水とビール、ナコンパトムの蒸し鶏一羽、煮卵、果物(パパイヤ、みかん、バナナ、ドラゴンフルーツ)を供え、商売繁盛を強く願い手を合わせたところです。
  一般的なタイの線香は長さ30センチ弱、燃える部分は15センチ。火を点してから燃え尽きるまで30分以上かかります。ジャスミンの香りが付けられています。少し値は張りますが、バラや蘭などその他の香りが付けられているものもあります。後者のお香のような線香は緑色のパッケージでコンビニでも売っています。
  現在10時15分、まだ朝食を取っていません。ナコンパトムの蒸し鶏と煮卵をおかずにご飯を食べようと思って待っています。お供え物のお下がりを目当てに毎週来る廃品回収業の人がいます。今日はビールと私が食べた蒸し鶏の残り半身しかありませんが我慢してもらいましょう。供えるものは基本的に水とビール、数種類の果物、肉、ジャスミンの花輪です。肉は経済状態に応じて鶏やアヒル、生肉のラープ(主に水牛)、本当に財布が空っぽな時は卵で代用です。これはチェンライのスタンダードなのかジャクスワン家のスタンダードなのかよくわかりません。線香は9本です。

 

11月3日「タイ式」

  昨夜というか今日未明、明け方4時近くにタイ人社長ニットが帰宅しました。何をしていたかというと車のモデルチェンジ。7人乗りステーションワゴン・イスズのシートをより座り心地よく豪華にするためにチェンマイで買い付けてきたBMWの大型シートに入れ替えました。それにともないエアコンやスピーカーなどの配置も換えました。
  業者に言い渡した納入期限は10月31日(金)。11月2日中に仕上がればよかったので2日余裕をみての発注でした。案の定納期の31日には間に合わず翌日も遅々として進まず。。車の修理・改造などは横で叱咤激励しながら見張っているのが原則です。昨日、おとといはニットもツアーに出ていたので見張りの役目ができませんでした。昨晩現場に駆けつけ様子をみると仕上がりそうで仕上がりません。仕方なく一緒に作業する羽目に、、。午前3時過ぎになっても作業は終了せず見切りを付けて帰ってきたそうです。
  今日から4日間ヨーロッパの代理店から1泊2日ホームステイの予約が入っていました。移動は車で、宿泊も山岳民族の家に泊まりながらも清潔で快適で、とにかく心地よくという指定でした。観光客の入っていないカレン族の村に1泊するのですが道が悪く大型ワゴン車は通行できません。ジープ2台に揺られてなどはもってのほか、との指示もありイスズを改造することになったのです。
  今朝7時前依頼先代理店チェンライスタッフから連絡がありツアー内容変更したいとのこと。1日の象乗りトレッキングになりました。お客様から早朝連絡を受けたとのことでキャンセルチャージ50%がかかります。ツアー出発前にキャンセルチャージの件も伝えてほしい、とのことでした。本来電話で変更の連絡を受けた際にきちんと話しておくべきなのです。その代理店へお客様が支払うキャンセルチャージは数百ドルにもなります。面倒なことはなるべく他人に任せたい、タイ人の特徴です。「責任感」というものがフッと欠落するようです。
  ガイドに話をさせるのは得策ではないので寝ぼけ眼のタイ人社長も同行させ空港に出迎えにあがりました。1日楽しいツアーになるとよいのですが。。。

 

11月4日 「超人70歳」

  バンコク在住の70歳の男性が朝空路チェンライへ到着されました。1番の目的はメーサイでのビザ更新。余力があればサンティブリゴルフでプレー、少し余力があればドイトゥンガーデン観光、疲れ気味ならチェンライ市内のホテルやマッサージ屋で休憩したあと20時のフライトでバンコクへ、とおっしゃっていました。タクシーサービスのみのお申し込みでしたが、計画が流動的なこととお年を考慮して日本人通訳を同行させました。
  別のお客様を出迎えにJ.トラベルガイド、ドライバーたちも同時刻空港到着口にいました。70歳Tさんの背筋の伸びた矍鑠たる姿を見て驚き、その歩く早さに「侍の国から来た人は違うなー」と妙に感心していました。今日はゴルフをされるに違いない、と勝手に予想もしていたようです。
  結局Tさんはメーサイ・タチレクでもタタタ・・と早足で歩かれ、チェンライ市内ホテルで昼食をとられた後日本人通訳をお供にサンティブリゴルフへ。VIPルームでのタイマッサージを受けられた後元気にバンコクへお帰りになりました。明日どうしてもはずせない用があるためチェンライ日帰りという強行軍の日程をこなされました。昨夜は3時間しか睡眠をとっていないとのことでした。同じく3時間睡眠のタイ人社長はバテバテで、午後から自宅で昼寝をしていました。
  生粋の江戸っ子Tさんの話題は豊富で、日本人通訳も「お金をもらって勉強させてもらった充実の1日だ」とゴルフ指導までしてもらい感激しきりだったようです。

 

11月5日 「宝クジの収益は?」

  2、3桁のラッキーナンバー宝くじが政府の管轄下におかれ、その収益を貧困のため就学困難な子供の救済へあてられています。対象となる子供に作文をかかせ(現在の境遇、進学への意欲など)、在籍する学校の教師がサインをし奨学金のようなものに応募します。
  そんな子供達が昨夜遅くテレビ出演していました。
  サコンナコン県(タイ東北部イサーン)小6少女A:父母離別(母親は行方不明)。雇われて屋台の果物売りを営む父親の日当は60バーツ(180円)。数ヶ月前から体調を崩した父親は労働意欲がなくなり仏門に入る。少女Aは一膳飯屋を営むクラスメイト宅に引き取られる。朝晩店の掃除、皿洗いなどを担当し日当10バーツ(30円)。
  バンコク小6少女B:7,8年前に父母と相次いで死別。近所の老婆に引き取られる(血縁関係なし)。老婆には子供が無く少女Bの養育を仏様から与えられた使命だと感じ育てている。老婆の健康状態も芳しくなく、時折掃除婦、家政婦として日雇いで働き200バーツ前後の収入あり。日々の食料にも事欠く。
  バンコク小6少年A:父母離別(父は行方不明)。母の収入は1000バーツ強の家賃や水道代に消えるため日々の食料にも事欠く。少年Aは早朝5時から一膳飯屋で掃除、仕込みの手伝いをし学校へ。放課後も別の食堂で皿洗い、掃除などして家計を支える。日当の合計は60バーツ。半分の30バーツを母親に渡し食費へ充て、残り30バーツを貯金している。
  「今の生活はつらくないか、労働はきつくないか」との質問に3者とも「しんどいですが自分の将来のため歯を食いしばって頑張らなければと心に決めている。新しい道を切り開くために進学したい。」と答えていました。

 

11月6日「2件目の日本食屋」

  昨日は車が1台もありませんでした。にもかかわらずどうしても日本食が食べたくなり、カンカン照りの中自転車をこいでカツカレーを食べに行きました。チェンライにはまだまだ少ないサービスアパートメントの1階に日本食も扱うレストランオープン、と9月頃にご紹介を受けていたのですが機会がなく食べそびれていました。
  カツは注文してから揚げたようで20分ほど待ちましたが日本の定食屋のような社員食堂のようなカツカレーが出てきました。79バーツ(240円ほど)と値段も手頃です。白菜のスープがついてきたのもよかったです。タイ式のスープは油でにんにくを熱してから野菜やスープを入れるのでさっぱりとしたものに仕上がらないことが多いのですが、昨日のは白菜の甘みの出た軽いスープでした。
  おそらく日本にいれば普通の味なのでしょうが、今は普通の味が特別に感じます。日本にいたときはインドカレーやタイカレーを求めて銀座・神保町によく通っていましたが、今は日本の普通のカレーのために車をとばして2件の日本食屋に通うことになりそうです。
  あと2時間足らずで昼ですが、今日も行こうかどうしようか迷っています。

 

11月7日 「タチレク」

  ミャンマーの代理店との打ち合わせのためタチレクに行って来ました。私はノン・イミグラントという在留者ビザを持っているのでメーサイ・タチレクの行き来はパスポートのコピーを使います。顔写真ページのコピーを2枚取り、タイ国境橋入管にパスポートを預けます。タイ側に支払う手数料(コピーを使用した場合のみ)が50Bから100Bに値上げされていました。
  用のあるミャンマー代理店は国境橋の上、ミャンマー入管の隣室です。入管に顔を出すと5ドル(250B)取られてしまうので素通りし代理店へ。ミャンマーという国は旅行代理店・ホテルなどの観光産業も政府管轄下にあります。
  タチレクには「タイヤイ族」という北タイ方言とよく似た言葉を話す民族が多く住んでいます。罪を犯した北タイ人も時折タチレクに逃げ込むそうです。今週は2度メーサイに来ましたが、チェンライからメーサイへ抜ける車に対する検問がかなり厳しく行なわれてました。通常はタイ国内に入るもの(人・モノ)へ取締りを行なうのに変だな、と思っていましたが謎が解けました。犯罪者(殺人)はタイ・ミャンマー警察協力の下無事身柄確保されたようです。今日は通常通りゆるい検問でした。
  ミャンマーでは明日「カチン(?)」と呼ばれるお祭りがあるそうで国境橋付近も飾り付けに大賑わいでした。タイのロイカトーンとは違う趣旨のもののようです。

 

11月9日 「ローイクラトン」

  バナナの茎を輪切りにした土台とバナナの葉、蓮の花でクラトーンを作ります。


  蘭の花で紫に彩られたクラトーン、黄色のクラトーンが多い中、蓮の白と野菊の赤を選びました。真ん中にはロウソクを1本、線香は3本です。


私たちチェンライ人はコック川とともに生きています。コック川沿いのレストラン「コックケーオ」の桟橋からコック川に流します。流す前にはたっぷり祈りをささげます。コック川の上流はカレン族の村、さらに上流はタートン、チェンライを経由しチェンセン近郊でメコン川と合流します。


  さぁ、流します。


  去年同様今年もコックケーオレストランを予約しローイクラトンを過ごしました。
  パレードは本日(9日)です。




11月10日 「ロイカトーン2日目」

  満月の翌日の今日はロイカトーンパレードがありました。夕方6時半から2時間ほど、オフィスから歩いて5分のタナライ通りで見物してきました。交差点の植え込みによじ登り、柵に腰掛けて特等席で見物しました。
  チェンライでパレードを見るとき「交差点で」というのがポイントです。電線が張り巡らされているので、竹の竿で電線を持ち上げながら進みます。3,4人の男が竿係りを務めますが、息が合わないとなかなか前には進めません。山車が足踏みを食らうのが交差点なのです。
  写真上:スコータイ時代の王宮


  写真左:ラタナコーシン(現王朝)5世頃の衣装
  写真右:左から南タイ、バンコク、イサーン(東北タイ)の衣装【北タイは裏側で撮影できませんでした】
  写真下:現国王ラーマ9世スタイルの船「スパンナホーン」

 

11月11日 「救いの神」

  困ったときに不思議と救いの神が現れます。先週ロイカトーンだというのにねじり鉢巻で翻訳をしていました。診断書やレセプトばかり。発行日によって英語だったりタイ語だったりします。一番簡単なのはタイプされた英語です。インターネット上に医療英語辞書という便利なものを活用しています。手書きのタイ語よりもやっかいなのが手書きの英語です。朝からずっと解読できない箇所があって書類とにらめっこしていました。
  1泊のトレッキングに参加されたお客様が偶然にもお医者様でした。医学用語の解説から始まり脳の中の出血にも部位によって病名がどうちがうのか、麻薬・毒薬・劇薬の違いは、などなど。また癌についても部位によりどのような手術方法があるのか、診断の内容が部位を表すものなのか、進行具合を表すのか、2日にわたりみっちり講義を拝聴しました。
  読めない、と思ったミミズのような英文も2,3時間眺めていると文字が浮かび出てくるものです。無事先ほど納品し、ほっと一息ついています。最近研修生のアップルをほったらかしにしていたので午後から質問攻めにあう予定です。

 

11月12日 「受け取ってもらえない20ドル札」

  何度もミャンマー入管に受け取りを拒否されている20ドル札があります。ちょっと古めの紙幣なのですがタイの20バーツ札紙幣のほうがもっとよれよれだと思います。破れている、だとかインクのシミがあるとかお釣りが無い!とか様々な理由で拒否されます。ガイドを変えてみては何度もチャレンジしているのですが見事に皆拒否されタイバーツで支払い帰って来ます。
  今日はリピーターのデンマーク人のご指名でタイ人社長がツアーに出ていました。このババ抜きのババのような20ドル紙幣を使ってくるよう厳命しました。やはりミャンマー入管では受け取ってもらえませんでしたが、市場のカシューナッツ売りのおばちゃんがタイバーツでお釣りをくれました。カシューナッツ1キロ100バーツ。740バーツのお釣りがきました。
  今1ドル40バーツを切っています。20ドル≒800バーツ弱なのでタイの銀行で両替するよりはいいレートです。ミャンマー入管は未だに1ドル=50バーツ!で計算するのでバーツ立てで支払うと損をします。
  チェンライ市内で気軽にドルを買うことはできませんが、機会があれば新札の5ドル札が100枚ほどほしいです!!!


ゴルフツアーにいらしたお客様から1万円相当の10ドル札をご持参いただきました。
お心遣いありがとうございます!!
おかげさまで1月中旬に使い切りました。。


11月14日「帰国報告」

  午後6時ミャンマー視察旅行から帰国しました。


  写真上:中国国境のカジノの街モンラーにそびえるチェディ。この丘から中緬国境が見下ろせます。


  写真中:チェントン市場に鶏売りに来た女


  写真下:チェントンのネーン(未成年の修行僧)托鉢風景。タイのお坊さんと違って「眉毛」があります。


 

   11月17日 「水牛との旅」

  私達の足をしばしば止めたのは絶景やさまざまな山岳民族の暮らしでしたが、物理的に足止めをくらったのは水牛の移動です。クラクションをならしても動じず悠々と進みます。街道筋にあるチェックポイント(関所)脇にも泥まみれの水牛が横たわっています。トイレに行くにも水牛の背後からこっそり忍んで行きます。
  写真中:アカ族、タイヤイ(シャン)族同居の村で。モンラー・チェントン中間の高地。


  写真下:タチレクから30キロほどのタールア川で泳ぐ水牛。

 

 

  11月19日 陸路タイ・ミャンマー タチレク〜チェントン〜モンラーの旅 B首長族の国籍」

  モンラーの朝市場で買い物をする首長族に出会いました。山間の盆地に突如広がる別世界カジノの街モンラー。中国人向け歓楽街であるこの街で彼女達は「ショー」をしています。ミャンマー人ガイド:チャイ・ヴィンは「首長族はミャンマー国籍を持っている。タイ政府は『無国籍者』扱いにしているけれど彼女らはミャンマーパスポートも持てる同じミャンマー国民です」といいます。熱い麺をすすりたくなる寒さのモンラーの市場で、カレン族の伝統衣装の上に厚手の上着を何枚も重ね着していました。
  


  写真下:モンラー・チェントン間の斜面に住むタイローイ族

 

  11月20日 「お茶もしいたけも売ります!」

  今朝は早朝6時にお客様をお迎えに行きゴルフ場までお送りしました。その足でメーサロン山に登り、別のお客様を迎えにいきました。メーサロンにお泊りになっていたのは中国系マレーシア人。1泊の予定が3泊され、昨夜遅く「迎えに来て」と連絡が入りました。
  約束の時間まで余裕があったので贔屓にしている中国茶屋によりました。ここの看板娘は中国なまりのタイ語をはなす、気前の良い働き者のおばちゃんです。他店のほうが店構えは立派なのですが、おばちゃんの話術とクシャクシャの笑顔で(お世辞にも美人とは呼べませんが。。)チェンライ中のガイドたちをトリコにしています。私もメーサロンに登ったときは用も無いのにおばちゃんの店に寄ります。
  朝9時半、中国人団体様で狭い店が溢れていました。ただでお茶をするのも気が引けるので売り子のスケットをしました。洗濯機がすっぽり納まるくらいのダンボールいっぱいのシイタケがたちまち空に。お茶も数キロ単位で売れます。15分で7000バーツ売りました。声を張り上げて走り回り、気分爽快です。
  スケットの報酬は袋いっぱいのしいたけでした。
  しかし、中国人という人種はどこにいっても中国的なものを見たいようです。結局マレーシア人2人もおばちゃんの店でなんだかんだと30分以上も話し込んでいきました。中国パワーに圧倒され疲れて昼寝をし、オフィスに戻ってきたところです。

 

 

  11月22日  「消えたゴルフクラブ」

  タイ人社長ニットは今朝6時からミャンマー領内にあるレジーナゴルフに出かけて行きました。ところが10時過ぎにトボトボ戻ってきました。車の屋根に積んで出かけたはずのゴルフクラブ一式が無い、というのです。走っている間に落ちたとしか考えられませんが、あんな重いものが仮に落ちたとして気が付かないものでしょうか。途中チェンライ市内のホテルに寄っているので積み残したのでは、と思い問い合わてみましたが見当たらず、泣きべそをかいて警察に紛失届けを出しました。きっと数日のうちに中古ゴルフ用品としてどこかの店に並ぶことでしょう。
  明日からまた頑張って働いて、少しお金がたまったら接待費枠からゴルフクラブ代を捻出してやります。
  この1年間不注意で無くしてしまった物:自転車2台(ニット)。真珠のピアス片方(ソム)。3つダイヤが付いた指輪のうち小さいダイヤ1粒(ソム)。ラオスでカメラ(ニット)。
 その後:タイ人社長は警察に届けただけでは収まらず、ラジオ局にも依頼し、「チェンライJ.トラベル ニット社長が緑色のハイネケン柄ゴルフバッグに入ったクラブ一式を無くしました。お心当たりの方はご連絡を」というアナウンスを流させ、中古ゴルフ用品店へも隈なく手配した模様。それほど大事なものなら車の屋根などにのせなきゃいいのに。。。

その後:1週間もしないうちにバンコクから新品1式を買ってきました。
もちろんJ.トラベルあて領収書つきです。


 

11月24日 「ツアーの販売・催行許可について」

  先日チェンライ市内にあるゲストハウスのオーナーが「許可無くツアーの販売・催行をしていた」とツアー催行中に逮捕され現在裁判中です。事実上のオーナーは外国人。本人は知られていないつもりでもチェンライ中の代理店、ガイドたちが無許可営業の事実を知っていました。弊社もなんどかワゴン車のレンタルを依頼されましたが偶然にも車に空きがなく関係したことがありませんでした。
  「ツアーを宿泊先のゲストハウスで申し込む」その際にはTATライセンス(タイ政府観光局発効の営業許可)の有無を確認してください。ゲストハウス=販売権があるわけではありません。上述のゲストハウス以外にもラオス国境のチェンコンやメーサイ・ゴールデントライアングル観光、また冬の今の時期にはプーチーファー観光など無許可販売しているゲストハウスが何件もあります。よくゲストハウスの入り口に「○○ツアー」などと看板が出ていますが、そのツアー会社とは無関係にゲストハウスのオーナーまたは従業員が独自に販売しているケースがあります。
  TATライセンスにはガイドに対して認可されたものとツアー販売・催行権利について認可されたものの2種類があります。参考までにJ.トラベルのライセンス番号は23−0199(99という縁起のいい番号をとるのに少々工夫をしています)、タイ人社長個人のガイドライセンスは21−1291★(星があるガイドは「経験豊富」という意味です。J.トラベルガイドはブラボー、サイモン、ホーミー、アトゥ、プーなどほとんど★付きガイドです)。
  ガイドにはツアーの販売・催行権がありませんが、ガイド資格の無い日本人の私がこうしてHPやツアー窓口で日々ツアー販売ができるのは23−0199というJ.トラベルに対する許可があってのことです。おまけに外国人ですので労働許可も必要です。
  貴重な時間・お金を無駄にしないためにも、ツアー契約前にぜひ確認してみてください。A4サイズの営業許可証はお客様から一番目に付く箇所に提示されているはすです。


11月25日 「納豆・巨峰・甘栗」

  ミャンマーのチェントンと日本の食べ物には類似点がある、といわれています。人がその場所に「あぁ行ってみたい」と思うきっかけは様々だと思いますが、私の場合は食べ物や民族に惹かれて、が圧倒的です。チェントンも以前テレビで「日本食のルーツがあるのでは?」という特集を見てからずーっと行ってみたいと思っていた土地でした。
  先日のミャンマー旅行の目的のひとつは納豆探し。昼食をとったミャンマー食堂に納豆はありました。乾燥していますがマメの原型をとどめ匂いも納豆です。タイ人たちは付け合せの野菜に添えて食べていましたが、私は細かく刻んだものをご飯にかけて食べました。
  朝市では見事な巨峰を見つけました。1キロ50B(150円)でしたので3キロ購入しチェンライに持ち帰りました。お客様の中に巨峰の産地からいらした方がいたので味見をしてもらいましたが「巨峰である」とお墨付きをいただきました。人にあげるのは惜しいほどの甘くジューシーな葡萄でほとんど一人で食べてしまいました。
  昨日はゴルフクラブ一式を無くしたタイ人社長がゴルフクラブ購入費を稼ぐため1日ツアーに出ていました。ミャンマー領タチレクの市場から買ってきたものは天津甘栗。こちらもチェントン産の栗を使っています。1.5キロ80B(240円)。タチレクの市場は「ガラクタ市」のようでもあり、食べ物を探すには「宝の市」でもあります。マレーシア駐在の日本人のお客様はフランス産ワインを買い込まれていました。フランス産ワイン1瓶100〜500B。もちろん我が家にも数本のワインがきました。オーストラリアからのツアーエージェントも同行したツアーでしたが、果敢にもミャンマー屋台の食べ物に挑戦されていました。
  チェンライ在住の私にとってミャンマー領タチレクは隣県チェンマイよりも近く、気軽なスーパーマーケットのような街です。
  例に漏れずタイ人社長のガイドするツアーは時間無制限、食べ放題。昨日もランチにはメコン川の魚料理を特別注文し、タチレクでは散財し、首長族の村では夕食中の家の中にお邪魔し、チェンライ到着は午後8時近くでした。ゴルフクラブ購入への道は険しいです。

 

11月26日 「ちょっと反省」

  今日は朝一番にドライバーを叱り飛ばしてしまいました。遅刻がその理由です。そのドライバーの担当するツアーは8時半出発。彼は8時に来ました。ツアーには間に合います。しかしそのドライバーへの支持は「7時半前に出社すること」でした。今日はタイ人社長がバンコク出張で留守にも関わらずツアーが6つ入っており、他社の車・ドライバーも借りるので万全のチェックがしたかったためです。おまけに午前7時過ぎに日本人のお客様から突然のツアー依頼があり、そのツアー用の車も手配しなければならず、とにかくそのドライバーの手をあてにしていたからです。
  「何時に来い、どこに行け」と言われたとおりに動くのがスタッフの仕事です。その指示には理由があるのです。自己判断で勝手に動かれては全ての歯車が狂います。以前は指示を出す前に「こういう理由や考えがあるから」と日本式に付け加えていましたがタイ人社長に必要ないと言われ、今はタイ式にトップダウンで指示を出しています。自分の頭で考えて的確に動ける者は被雇用者なんてさっさとやめて経営者になるのがタイ人なのだそうです。
  懇意にしている韓国ゲストハウスから「時間があれば店に寄るように」としきりに電話が掛かり昨日お邪魔してみると「キムチを漬けたから持って行きなさい」とのことでした。まだ若いキムチで塩辛やナシの甘み、ゴマの風味の一つ一つが独立したこなれていない味でしたが、昨日も今朝も美味しくいただきました。
  朝から熱くなってしまったことをキムチのせいにして、チャイ・イェンイェン(冷静に)1日を送りたいと思います。




11月27日 「国境を越えるもの」

  チェンライ県はラオスとミャンマー、2つの国境を有しています。ラオス国境チェンコン・フエサイ、ミャンマー国境メーサイ・タチレク、どちらにも国境入管や国境警察が常駐しビザ無し出入国はできません。
  その国境をひょいと超えてしまう便利なものが2つ。携帯電話と銀行口座です。タイの携帯電話はラオス・フエサイ、ミャンマー・タチレクでも十分使えます。家や会社に常設された電話を使うと「国際電話」になるそれも、携帯なら市内電話の感覚です。
  銀行口座もしかり。チェンコンやノンカイ(ラオス国境)、メーサイにタイ人名義で口座を開設します。通帳をタイ人側が、キャッシュカードをラオス・ミャンマー側が所持します。決済はこの口座を通じて行ないます。国際送金などというたいそうなものではなく、普通に口座へ入金。ボーダーパスという簡易通行証で国境線をまたぎタイ側ATMから出金。
  国境に住む商売人ならかならずタイの携帯電話も持っています。名刺に0から始まる9桁の番号があればそれはタイ携帯のものです。さっきタチレク在住のミャンマー人ガイドから間違い電話がかかり、今日の話の種にしました。


11月30日「冬にはいりました」

  2,3日前から急に冷え込んできました。昨日は昼間も気温が上がらず長袖で過ごしました。見事に風邪を引きました。
  昨年の今頃も40度近い熱を出し、夜間救急病棟でお尻に注射を打たれたので、今年は安静にしていようと思います。金曜日から自宅でダウンしています。勤め人の頃と違って、仕事が気になり1日家で寝ていることができません。
  今日から2日間タイ人社長もツアーにでます。カレン族の織物、染色を見学しながらの1泊2日トレッキングです。今日はほかのツアーを出発させるため泣く泣く出勤してきました。明日のツアーは自宅集合にして出発させようと思います。

 

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Dec2003

Not enjoyable can be refund

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