J.TRAVEL SERVICE
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9月のつぶやき

〜大洪水アリ、お葬式アリ、タイ人社長は思いつきでミャンマー・中国旅行に出かけるなど
濃い一月でした。
現在チェンライ・メーサイ(タイ)、タチレク・モンラー(ミャンマー)、シーサンパンナー(中国)
の連絡体制、その活動は面白いように転んでいます。
日本の海岸線にある一地方都市が海の向こうの他国の地方都市と第3国と勝手に交渉を始め
ミニ条約を結んで東京の中央政府そっちのけで走り出している、そんなところです。

9月1日  「チェンライで働くということ」

  時々日本の方から「チェンライで働きたい」とメールや電話を受けます。関西の有名大学に通う女性からも就職活動について相談メールをいただきました。
  まず「チェンライで就職」こちらの可能性はまず「限りなくゼロ」です。新卒の場合は「ゼロ」です。私の「ゼロ」という意味は一般タイ人とは異なる生活レベルを維持するための収入を得られる可能性がゼロ、という意味です。
  残るは自営業ですが、いずれにしても外国人がタイで働くには「労働許可」が必要です。「居住資格が取れればいい」という人は、例えばタイ人と結婚すればビザの問題はクリアされますが一生無職の身に甘んじなければなりません。日本の出入国管理制度なら「日本人の配偶者等」という資格が公序良俗に反する以外の職業につくことを認めています。タイでは結婚しても得られるのは居住資格のみ、外国人の労働には厳しい制限があります。「配偶者の店を手伝う程度の店番」これも違法とみなされます。厳密には収入を得ていないのでしょうから「労働」とは呼べないでしょうが、タイは密告社会。店が繁盛したとたん役所の訪問を受けるかもしれません。
  1年間チェンライを見てきましたがどうやらチェンライはその社会や経済基盤の小ささ、狭さからかなりの「密告社会」のようです。知人のフランス人も何度が痛い目にあっています。
  ほそぼそとタイ人なみの食うに困らない生活、それだけをお望みの方にはチェンライでの新しい生活をお勧めします。何かと快適、物価も安いです。しかしそれ以上をお望みの方にはチェンライ以外の都会をお勧めします。
  もちろん潤沢な資金と強力なコネがあればどこにいても怖いものなしですが。。

 

9月2日 「家探し」

  チェンライでは家を借りるより買ったほうが安い場合もあります。住所でいうと「チェンライ県 ムアン郡 ウィアン特別行政区 」というのが最も中心部に当たるところですが、その中でもJ.トラベルのあるチェンライ中心部(パホーヨンティン通り)から半径2〜3キロの範囲が何をするにも便利な地域。それ以上離れると「ムアン郡」とはいえカエルがゲコゲコ鳴き牛の闊歩する田舎です。もちろんチェンライ市外は論外。通勤時間の無駄です。
  オフィスから車で直進、5分ほど行った場所に小さな家付き物件があります。値段は新車の日本車より安く、中古のベンツと同額くらいです。チェンライの人は少しのマージンでも稼ぎたいですから車や家、土地の出物があると進んで仲介をしてくれます。商談がまとまると紹介者には微々たるお金(2000バーツ〜3%)がはいります。
  立地は申し分ないのですが、「今すぐに住める」とご自慢の家が100%タイ人使用なのです。残念ながら現在のチェンライ人にはインテリアに対する美的センスが欠落しています。このまま住めば浴室、キッチン、庭、寝室全てに不満が残ります。はっきりと「家には財産価値がないから土地代だけに負けろ」と告げ交渉を始めることにしました。家主は「充分住めるのに」と納得いかない様子ですが、こちらもリフォームにさらにお金をかけなければいけませんから歩みよりは難しそうです。

 

9月3日「ヤオ族パリへ行く」

  2泊3日のトレッキングで宿泊に使っているヤオ族の娘さんが親戚を訪ねてパリに行くことになりました。娘さんといっても30代半ばですが、戸籍上未婚扱いなのでMissです。15歳くらいの娘がついてきているのが(タイ語−ヤオ語通訳のためです)実子のような気もしますが。。今日は「ビザ申請書の作成」の相談に来ました。チェンマイのフランス領事館に3度足を運び「書類不備」で不受理なのだそうです。申請書を書いてないのですから受理しようもないでしょうが。。
  フランスのビザ発給審査がどの程度のものかわかりませんが、まだ航空券も購入していません。帰りの航空券を持っていることはアジア人がヨーロッパや日本に観光・親族訪問に行くときには最低条件として求められると思うのですが。入国審査カードも書けないと思うのでタイ航空でとりあえず往復航空券を発券しました。
  ここで矛盾がひとつ。ビザが下りなければ航空券はキャンセルしなければなりません。キャンセルチャージが最低1000Bかかります。払い戻しに要する時間も2〜3ヶ月。田舎の人にとって3万バーツを超える出費はかなり痛いものです。しかし航空券なしでのビザ申請は無謀です。領事館までの交通費、時間のロスを考えればキャンセルチャージの方がまだ安いと思います。
  もし書類不備で再度差し戻しされた場合は「必要な書類リスト」をもらってくるよう指示しました。
  ヤオ語会話を聞いていると「ネェー。イェヨー」と相づちをうちます。ヤオ語の意味はわかりませんが韓国語を聞いているような錯覚を覚えます。


 

9月4日 「洪水」

  チェンライからメーサイへ向かう途中、チェンライ空港・メーチャン間がところどころ洪水していました。通常なら1時間ほどで到着するプーチャイサイリゾートまで予定より10分以上も余計に時間がかかりました。洪水のノロノロ運転で渋滞している上立ち往生している車が何台もあったためです。私の乗っていたロットゥー(ワゴン車)も内部に水が入りエアコンの効きが悪くなりました。お客様をプーチャイサイから空港まで送り届けた後即修理工場行きとなりました。
  あるホテルの送迎カーも故障し牽引されていました。幸いバンコクから到着のフライトが1時間ほど遅れていましたので代車を待っても充分予定のフライトに間に合ったと思います。他人事ながら自社の車が故障したかのようにハラハラしていしまいます。
  夜中に降った大雨のせいでした。山から流れてきた水のせいでおこった洪水です。川が溢れたものはなかなか水が引きませんが、続いて雨がふらなければすぐに水はひくそうです。さっそく網を持ち出して魚をとる地元民の姿がありました。チェンライの洪水にあまり悲壮感は漂いません。ちょっとしたお祭りのようです。

 

9月5日 「売りたい人買いたい人」

  3人のキムさんのうちの一人がJ.トラベルのロットゥー(ワゴン車)を買いたがっています。(別のキムさんがその仲介をして利ざやを稼ごうともしています。)いつもいつもいつもレンタルするのが無駄に思えてきたらしいのです。車にとっていい状態とは毎日使用し欠かさずチェックしていることです。J.トラベルの車は買い手にとってはいい状態だと思います。買ったその日からツアーに出られます。またキムさんもしょっちゅう乗っているのでこの車のクセをしっています。値段によっては、と心がグラつきます。明日韓国に帰り4日間のとんぼ返りで資金を調達してくる、と鼻息の荒いこと。数日のうちに結論を出さなければなりません。
  一方午後8時前から相談に来て1時間以上話しこんでいる中古車業者がここにいます。いっこうに売れないらしいのです。売ろうとしているはオートマの乗用車が主です。私でもこれはチェンライ人の需要にあわないことがわかります。チェンライは山・坂に囲まれた町。田舎の人の唯一の楽しみは「親戚で集まって車で遊びに行くこと」荷台付のトラックなど大人気です。大き目のタイヤにモデルチェンジし洪水対策、山道対策すれば完璧。親戚の中で重宝される存在になるでしょう。
  せっかくバンコクから仕入れてきた普通乗用車ですが、バンコクの業者と連絡をとって早めに売ってしまうほうが得策のような気がします。とりあえずの対策として人通りの多いJ.トラベルの前に「売り」と書いて駐車し、暇を見つけてドライバーにその辺を走らせることにしました。売れると多少はうちにも利益がでます。

 

9月6日 「賢い中古車選び」

  先日イスズのバンを買いました。本当は4WDを希望していたのですが、価格が高すぎるのと燃費が悪いのとであきらめ妥協して2800ccのバンにしました。そもそもその車は間違って聞きつけた業者が売りにきたのですが、即決で買いました。
  中古車選びで重要なのは「前の持ち主」です。私たちは毎日のツアーで使用しますから日々の酷使に耐えられる状態の車を買わないと利益とメンテナンス代でトントンになってしまいます。前の持ち主が一般タイ人やレンタカー屋、こちらは厳禁。ろくなチェックをしていません。乗りっぱなしです。専属ドライバーのいるツアー会社の車であることが原則です。ホテルの送迎カーも「空港、チェンライ市内、チェンマイ」あたりしか走っていませんから年式が古い割にはいい状態です。ただしパワー不足、2500ccのワゴン車がほとんどです。(数ヶ月前チェンライ市内のあるホテルがニッサン車を売り全て安い韓国製の新車に買い替えしました。そのお下がりを周りで営業するツアー会社がこぞって買いました。)
  イスズの前の持ち主は「ドイトゥン山のロイヤルプロジェクト」でした。民間所有でないのでメンテナンス費用を惜しまず定期的に点検整備され、部品のコピーも使っていません。年に数台しかめぐり合わない天下り車。転売するのはもったいないのでJ.トラベルで使うことにしました。

 

9月7日 「チェンライのホテル

  当サイトでは500B〜800Bのホテルを数件ご紹介しています。その理由は2つ。一般のホテル予約サイトではあまり扱っていない事。女性一人旅で使い勝手のいい価格帯のホテルである事、です。ゴールデンウィーク、お盆、年末年始、航空券の高い時期に来られるのです。ホテルは少し料金をおさえてもいいではないですか。
  年に2,3度休みをとってはタイ、ラオスを旅行していました。女性一人で回るのですから要所要所ではある程度お金を払い、安心をお金で買う旅をしていました。例えばバンコク−チェンマイ間の寝台列車はバンコク在住の友人に依頼しあらかじめ予約しておいてもらいました。ゲストハウスには泊まったことがありません。移動は飛行機が中心でした。ホテルも初めての場所、田舎に行けば行くほどいいホテルを予約していました。田舎のホテルほど料金の割りに設備が悪いからです。初めてチェンライにきたときは「ウィアンイン」に泊まっていました。私の恩師(チェンライ人)が「ウィアンインクラスに泊まらないと危ない」と脅したためです。
  2度3度同じ土地を訪れていくうちに日本から予約のできる星のあるホテル以外にも、地元代理店や空港レベルで予約のできる清潔で安全、便利なホテルがあることを知りました。またゲストハウスの中にも「私でも泊まれそうだ」と思うところをいくつか見つけました。朝食のつかないホテル、というのも楽しいものです。朝しか食べられない地元食もあります。朝の市場を散策して果物だけの朝食もいいものです。
  私はゲストハウスばかりに泊まり、移動は長距離バスに徹底した倹約の旅はできませんが、私のような臆病で快適さを最優先する、でも好奇心だけはある旅行者の方に楽に旅をしてもらいたいと思いこのHPを作っています。

 

9月8日  「タイよりチェンライよりスローペースなのは」

  せっかちな日本人がチェンライで生活をするとそのペースの遅さにイライラすると思います。例を挙げればきりがありません。そのチェンライ人でもあきれるくらいのんびりしているのはラオス。首都のビエンチャンの対応の遅いこと遅いこと!
  ビエンチャンとの決済はタイの銀行口座を通じて行ないます。こちらからの振込みはタイ・ラオス国境の街にあるタイ主要銀行の支店あてです。振込みを済ませた後は用紙の控えをファックス送信し連絡します。おそらく確認しないだろうな、と思いつつ。
  今朝「4、5月分の支払いがまだです」というファックスが届きました。もちろん8月末分まで支払いは完了し、逐一連絡も入れているのですが、あちらの処理がまだ4,5月分の決済中なのでしょう。指定の口座が毎回異なるのも振込み確認を混乱させている一因だと思います。責任者はたいてい不在です。携帯電話も料金を払っていないのだかわかりませんが通じないことが多い。電話を受ける女性スタッフに伝言をしても埒があきません。10回の伝言のうち1度でもまともに引き継がれたことがあるでしょうか???会社の単純作業を担当する女性を「おんなのこ」と呼ぶのは日本ではご法度ですが、タイやラオスでは彼女たちはまさに「おんなのこ」として働いています。電話をうけて「責任者は留守です。」と答えるのが彼女に与えられた仕事なのでしょう。それ以上のことは「私に言われても全くどうしていいんだかわかりませーん」と堂々と答えます。
  タイ語と英語で支払い済みの詳細を何度もファックスしています。次回はなんとかラオス語をマスターして送ってみようと思います。読めるものがくると少しは対応が早くなるでしょうか???

 

9月9日 「アチャーンキム(金先生様)の相談事」

  アチャーンキムが本腰を揚げて旅行代理店を開くようです。特色あるツアーをと60才過ぎた頭をひねって考え付かれたのが「ラフティング」です。J.トラベルのツアーにあるようなバンブーラフティングではなく、はやりのラフティングボートを使ったものです。
  「売れると思うか?」ときかれて「チェンマイにもチェンライにもまだないしラオスも(タイヤ)チューブラフティングですからね。珍しいかも。でもあれ高いんですよね。メンテナンスも職人探すの大変そうだし(だからうちは竹いかだを使ってるの。。)」「(K)ボート購入したらJ.トラベルのHPで売ってくれる?」「(S)月に何本も出るツアーじゃないですよ。最小催行人数2人からなら考えてもいいけど」「(K)4人以上でないと採算取れないよ」「(S)いくらで売るつもりですか?」「(K)1泊2日で2500B」「(S)安すぎる!4人いても採算取れないですよ」「(K)…」「(S)ガイドは誰を使うの?」「(K)J.トラベルのガイド」「(S)…」
  頻繁にでるツアーではないとして、アチャーンキムがボートを買ってくれれば悪くはないかなと思いつつ「共同購入はいやですよ」と突き放してしまいました。「また来るねー」と肩を落として帰って行きました。運良くタイ人社長はツアーに出ていました。面白がって飛びつきそうなので彼にはしばらく黙っておくことにします。

 

9月10日 「出来の悪いパートナ−」  

  昨年のクリスマス前にお付き合いを始めてから、泣かされ続けているのが「ラオス」です。ここ一番というときに大きな失敗をしてくれます。明らかに人為的ミス。
  ラオスビザ代理申請の流れは次のようになります。
1:タイ側代理店(J.トラベル)から在ラオス関係機関へビザ申請許可願いファックス
2:在ラオス関係機関から在バンコクラオス大使館へ発給許可ファックス
3:バンコク駐在スタッフがビザ受理→チェンライまたはチェンコンへ発送
流れ2が問題です。大使館営業時間までにファックスが届かない、もしくは手続きを全く行なっていないことがあります。理由は「責任者不在のため署名がもらえない」「会議のため全員出払っていた」などなど。ひどいときは「ファックスを受け取っていない」こちらではファックス送信記録を逐一取り、紙で保存しています。証拠を揃え直接ビエンチャンに出向き抗議しても効果はありません。
  在ラオス関係機関を通したものと通さないもの、何が違うかといいますと「料金が大幅に違う」のです。つまり一般料金さえ払えば無事ビザは取得できるのです。一般料金は国籍により異なり、カナダ、アメリカ、ドイツ、日本パスポートが一番高い。最も安いタイパスポートの3倍の料金です。月に1度は自腹を切って正規料金を払いビザを取得しています。
  今日は韓国4件、その他ヨーロッパなどなど合計8件。ファックスが大使館に届きませんでした。もう慣れていますから数千バーツ赤字でビザを受け取ります。今日のは痛い出費でした。胃も痛いです。胃腸の弱いバンコク支店のメックもダウン寸前です。

 

9月11日 「雨です」

  昨日から妙な天気です。
夜中から明け方にかけて大雨、午前中は曇りがち。昼前から真夏の太陽が顔を出し、突然激しい雨。晴れと雨が30分おきにきます。晴れると真夏日です。夕方激しい雨が降ったあと急激に気温が下がり半そででは肌寒いくらいになります。
  相当な雨量ですが不思議とまだ洪水にはいたりません。政権政党でもある「タイラックタイ」が水路工事をなんとなく行なっているのも少しは貢献しているのかもしれません。まだ地味に工事中なのでなんともいえませんが。「タイラックタイ」のスローガンは「キットマイ、タムマイ(新しい考え、新しい行動)」。赤と青のタイ国旗を想像させる色使いの長細いスッテカーが町の食堂やチェンライ庶民の運転するジープなどにも貼られています。チェンライタイラックタイの主要メンバーは皆さんお年寄り、これといってパッとする政策もないので、本来のスローガンをもじった皮肉なスローガンがあちこちで語られています。
  去年の今頃お客様をご案内してパヤオ経由スコータイ、シーサッチャナーライに行きました。湖で有名なパヤオは湖と道路の境目がわからないほどの洪水、ピサヌロークまでは順調でしたがスコータイ旧市街は水浸し。車で1時間以上離れたリゾートホテルまで行かないと水のない地域はありませんでした。町中、幹線道路も波打ち魚が跳ねていました。通常なら1時間ほどでいける距離も迂回に迂回を繰り返し3時間ほどかけてシーサッチャナーライ遺跡まで移動しました。
  チェンライ到着後もちろん車は修理工場行き。あの2泊3日以来、洪水した地域にはどんなに依頼されても行かない、と心に決めました。

 

9月12日 「競売物件」

  家は銀行の競売物件が安い、というので銀行に行くたびにめぼしい物件に目をつけていました。月に一度チェンライ市内のホテルで競売が行なわれます。家に求める条件はチェンライ中心部・オフィスから半径2キロ以内。できればスーパーハイウェーの内側(西)です。オフィスから車で5分のところに6世帯1棟のタウンハウスがありました。競売スタート金額は198,000B(約60万円)。非常に手頃です。2つか3つほしいな、と半分本気で思っていました。小さくても古くてもいいのです。タイ式の家、間取り、調度品は使い物にならず、どうせリフォームするのですから。
  来月の競売を待たずに買えないものかと銀行に行きました。競売とは他の一般人と入札を競うのだとばかり思っていたら銀行とも競わないといけないのだそうです。銀行の入札価格は最低765,000B(約235万円)!一戸建ての家が買えます。あの表示価格はなんだったのでしょう。きけば法定価格で一応あの値段からスタートするそうです。80万バーツなら競売を待たずに売りますよ、といわれましたがとても無理です。他の物件の参考価格を聞くと、スーパーハイウェーの少し外側(東)にある一戸建ては表示価格55万バーツ(170万円)、銀行の入札価格60万バーツ、つまり興味のない物件ということです。
  少し前に人から紹介され足蹴にした物件が俄然気になり始めました。条件にぴったり、余分な家はついていますが中心部で50万バーツの土地代はむしろ安いこともわかりました。50万バーツ以内なら銀行融資もチェンライ支店長限りでサインできるそうなので問題なくクリアできます。価格は高めの中古車なみですが、中古車を買うときのようにに即決してもいいものなのでしょうか???




9月13日 「ミャンマー−中国ルート」

  今日から2泊3日の日程でJ.トラベルは陸路ミャンマー経由中国入りします。ミャンマー観光局の招待で、メーサイ・タチレク、チェントン、モンラー(中国国境)を通り中国入りの予定です。J.トラベルのワゴン車でドライバーはシアン、タイ人社長とタイ・ミャンマー経済協力振興協会のメンバーで朝4時半!に出発しました。、メンバーは全てタイ人、ミャンマー人なのでタイ・ミャンマー間はボーダーパスと呼ばれる国境通行許可証を使用し、ミャンマー・中国間はパスポート使用です。ビザは国境で発行されるとの事なのですが、どこまで中国側と話し合いがついているのか不明ですので無事入国できるのか疑問です。ミャンマーが仲介役となり、タイ・ミャンマー協力体制に中国を誘い込もうという狙いがあるようです。
  私もなんとしても行きたかったのですが、この旅行が決まったのが9月10日!もう既に15日に通訳の仕事が入っていましたので断念しました。また準備期間が短いため日本人の私にはビザの問題がクリアできなかったと思います。せめてモンラー。中国国境を眺めたかったです。
  先月の閣僚交代の影響か、ミャンマーの観光政策に春風が吹いています。タイ人社長帰国後追ってミャンマー情報をご報告します。


9月15日 「洪水の後始末」

  15日午後5時半、ようやくオフィスが復旧しました。
チェンライ市内中心部重要な地点は全て水没しました。ウィアンインホテル、バス停、ナイトバザール、ワンカムホテル前道路など。
  復旧に時間が掛かった理由は人手が足りないこと、につきます。タイ人社長、ドライバー、ガイドたち、それぞれミャンマー、日々のツアーに出ており、午後5時過ぎオフィスに戻ったものから作業を始めています。
  私も愛知県の東海ライオンズクラブからお客様をお迎えし、ウィアンインホテルでチェンライライオンズクラブの会長・副会長と会談の席を設け、通訳として出席していました。私的なチェンライ訪問ということで簡単なお食事会の形式をとり会談していただいたのですが、話題がつきず午後1時前から午後5時前まで!両者せっかくの出会いを大事にしたいと、午後7時から会場をあらため、夕食会の形式で再度会談することになりました。ちょうど弊社タイ人社長も午後5時タチレクにいることがわかり、ミャンマー・中国話を手土産に合流する予定です。
  「日本支店」とスタッフたちが呼んでいるHP。水没を心配したドライバーにより私の自宅へ避難させていました。メール返信に大変遅れが出て申し訳ございません。ご出発予定が9月中の方につきましては本日中に返信を、10月以降の方は明日中に返信いたします。
  ミャンマー・中国情報は、明日の夕方タイ人社長のほうから報告させる予定です。





9月16〜20日 「中国・西双版納(シーサンパンナー)への道」


参加メンバー 
(左から) タイ・ミャンマー経財振興会役員、タイ人社長ニット、モンラー(ミャンマー)のカジノオーナー、山岳民族博物館オーナー、
在タチレクミャンマー観光省幹部ウーティンビン、J.トラベルドライバーシアン

  9月13日から15日まで陸路ミャンマーを超え中国入りしてきました。
  ミャンマーツアーは年末からご案内する予定です。
  国境越えの様子は別途こちらのページでご紹介しています。

 

9月22日 「言葉の壁」

  老後をチェンライで暮らす、決断の前にまずマイナス面から数えていってください。
  友人やお茶のみ友達と呼ぶ日ごろ付き合いのある人が必ずしも日本人ではなく、タイ人や韓国人、ヨーロッパ人でもいいですか?会話はタイ語か英語が主流です。
  病院で症状をうまく伝えられますか?アレルギーの有無、既往症、など。またご自分が入院し手術を受けた時、それを正確に日本のご親族や友人に伝える手段はありますか?もしご自分が話すことのできない状態になったら。私の知る限り日本人の口となり耳となり通訳できるタイ人はチェンライにはいません。
  金銭的な問題。日本と同じ快適さ、清潔さ、食生活などを求めると想像以上にお金がかかります。この一月ほどバーツ高です。円、ドル、ユーロいずれに対しても高いのです。退職者ビザでタイに滞在することだけを許されている身分ではバーツ収入がありません。財産が目減りします。
  先月からチェンライ在住の日本人の方が重い病気で入院され言葉を発することができなくなり、そのタイ人家族と日本のご親族との連絡係となっています。タイ人家族は血の繋がらない日本人父親に対して誠心誠意つくし、24時間看病しています。もどかしいのは父親の意識が戻ったその一瞬に日本のご家族に連絡できないことです。いったん私に連絡をいれ、私が日本のご家族に連絡し、タイ宛てに折り返し電話をしてもらう、という生活を1月以上も繰り返していました。
  昨日その方がお亡くなりになりました。


9月23日 「ドルを買う」

  退職・タイ行きをぼんやりと決めた頃からドルを買い始めました。私はクジとか賭け事の感が人より弱い気がします。宝くじは買ったことがありませんし、大学時代に女性も巻き込んでブームになっていた競馬でも勝った事がありません。1頭の馬を買い続け、2年間で買わなかった数回大穴がでました。その馬はサクラチトセオーといいます。
  ドル買いは10戦10敗といったところで、妙なタイミングで買ってしまいます。昨年の春、一時130円台まで下がったことがありました。128円ほどに回復したころ慌てて大口購入(私の乏しい資金と比較して)。夏、日本出国前には117円まで上昇し出国の2日前に慌てて大口購入第2弾。私が買うと2,3日後にさらに値が良くなるのです。
  半年ほど前オーストラリアドルも買いました。2,3円ドル安になったところで売り、お小遣いほどの儲けになりましたが、その後6円ほどさらに下がっています。私が売るとそれからさらに下がるのです。
  口にも出したくないのがユーロ。昨年の春になぜドルを買い、ユーロを買わなかったのでしょう。。結局この手の才覚がゼロどころかマイナスなのです。
  タイ・チェンライの銀行では気軽に外貨買いができません。円もドルもユーロもバーツに対し弱くなっているというのに!面倒なのか本当に不可能なのかわかりませんが、国外旅行やその他正当な理由がないと支店レベルの取引はだめなのだそうです。「ミャンマーに行く」ことを口実にタイ人社長に買わせようとしましたが、突然の旅行だったため書類が間に合いませんでした。仕方なくタイに来てからもインターネットバンキング、円から買っています。ここ数日の値動きをみてまた気持ちが騒いでいます。実は朝一番に買おうとしたのですが、今日は日本の祭日なのですね。買えませんでした。

 

9月24日 「アロムディー」

  アロムディーとは機嫌がいい、なんだか楽しそう。とでも訳せばいいでしょうか。タイでは立派なほめ言葉です。大人にも使えますし、心が広いと一対になっているほめ言葉です。女性に対するほめ言葉にも「スワイ≒綺麗」「ナーラック≒愛らしい」と2種類ありますが、内面も含めて褒めているのははナーラックのようです。
  努めてアロムディーでいようと思っていますが、細かいことにこだわり数年前のことも詳細に覚えている性格なのでかなり努力が必要です。嫌なことは早く忘れること、何事も「マイペンライ≒ま、いいか。なんとかなるさ」が肝腎なようです。
  昨日から心の中でくすぶっている小さな出来事があります。J.トラベルではトレッキング参加のお客様に小さめのリュックや寝袋を無料でお貸ししています。この1年でいくつ無くなったことやら。観光ツアーでも雨に備えて車ごとに4本前後傘を常備しています。こちらも折りたたみタイプの物はゆうに20本は無くなりました。今は特大サイズの重い傘に「J.トラベル」と全面に記名しています。3日前カレン族ガイドサイモンとトレッキングにでたフランス人のお客様に、たまたまオフィスにあったタイ人社長の私物のリュックを貸しました。ユニクロの結構機能の充実したお気に入りだったのですが。戻ってきませんでした。
  マイペンライといわれましたが、私はどうも気分が晴れません。値段もたいしたことない、わざわざ日本で買ってきたというものでもなく、なんとなく便利かなと思い持ってきた物ですが、物がなくなるたびに貸し出しはやめてしまおうか、とくよくよします。
  不機嫌でいることよりもアロムディーでいることは数倍難しいです。


9月25日 「言葉の壁・宗教の壁」

  先日チェンライ在住の日本人が亡くなりました。生前は面識の無い方です。日本のある宗教活動のためチェンライに移住し、15年以上も暮らされていたそうです。奥さんはアカ族。奥さんも義理の子供たちも片言の日本語すら解しません。奥さんはタイ語も不自由です。
  昨夜日本のご家族がチェンライに到着、初めての海外旅行が葬儀のための渡航となってしまいました。全ての乗客が降りきってもお二人があらわれません。心配になって乗客名簿をチェック。確かに乗っています。税関の手荷物検査を逆流し入国審査場に行くとそこで引っかかっていました。審査官に事情を説明し審査を終え急いでチェンライ市内の自宅へお送りしました。
  葬儀はタイ仏式に色とりどりの花で飾られていました。私は宗教全般に対し興味が薄く、明治以降に作られた宗派についてもおぼろげな知識しかありませんが、花がタブーなのは一般常識として知っていました。前もってタイ人家族には伝えてあったのですが同じ信仰を持つものにもかかわらず自宅は花だらけでした。花を全て排除し(花がタブーな理由を近所のタイ人たちに説明するのも難儀な仕事でした)その他ご遺体の頭の向き(南枕でした)物の配置など、日本のご家族の指揮の下手直しし、明日以降の打ち合わせなど行ないました。午後11時近くなっても話がまとまらないため私はいったん退散し、今朝10時の宗教儀式から再度同席することを約束して帰宅しました。今日は通夜の最終日にあたります。明日はタイ式でいうと本葬、午後火葬。
  とにかく話が平行線です。何もかもやりっぱなし、話も脱線に脱線を重ね混乱。順序だてて時系列に従って話を進めるというのはタイ人にとって苦痛な作業ですが日本人には大切なことです。とりあえず役所関係の書類・手続きはタイ人社長に手配させることとし、私は葬儀のお手伝いに終始し、タイ人家族の今後について議長となり通訳となり徹します。

 

9月26日 「言葉の壁・言語活動の壁」

  お葬式の話ばかりで恐縮ですが、チェンマイ・チェンライでの移住を希望している人が増えているからこそ話しておきたいのです。どうぞお付き合いください。
  ここ数日チェンライで長年暮らされていた日本人男性が亡くなり、残されたタイ人家族と日本から葬儀のため駆けつけたご兄弟との意思疎通のお手伝いをしています。日本人でも「順序だてて整理しながら話す」ことを苦手とする人もいますが、タイ人庶民のなかには日本人の平均以上にそんな人が多い気がします。
  タイ人の説明は「映画」のようです。何の前触れもなく、シーンがパパッとかわるため、観客が取り残される、そんな感じです。日本人は小さな頃から昔話や童話で「昔々あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に…大きな桃がどんぶらこどんぶらこ…」と少々間延びしたストーリー展開を習っています。かみ合いません。タイ人庶民に起承転結に日時・時刻を入れて話すように注文をつけると混乱します。5分ほど好きなだけ話させて、日本式に組み立てなおし訳すのが私の仕事です。やはり承転が抜けるので何度もききなおし嫌な顔をされますが、日本人と付き合うというのはこういうことだと体で覚えてもらいます。
  チェンライ人は日本人に似た顔も多く、同じ米を食べ温泉好き、冬の寒さも知っている人達です。しかし日本人との共通点を見出すことはとても困難です。親しみを覚え好感を持ったあとでより強くギャップを感じ失望されてもタイ人にとってはちょっと迷惑かも知れません。




9月27日 「タイ人は朝が早い」

チェンコン(タイ)国境ゲート

  今日はとんでもなく早起きです。5時15分に電話で起こされました。タイ人グループ午前6時半チェンライバス停発1泊2日チェンコン(タイ)・フエサイ(ラオス)国境ツアー、そのお客様から「今パヤオです(チェンライまでの所要時間1時間前後)」と連絡をもらったのです。ドライバーとの打ち合わせは昨日の内にすませてあったので私は遅寝していられるはずだったのですが。二度寝すると余計つらいのでそのまま起きています。

メコンの渡し舟とフエサイ(ラオス)の街並み

  1年ぶりに米を炊きました。というとなんてグウタラ女なのかと日本の皆様からお叱りを受けそうですが、タイでは咎める人は誰もいません。この2月ほど日本やシンガポール、バンコクの方から「永谷園」ご飯の友&お茶漬けシリーズ、梅干、ワサビなど時々頂いていました。昨日日本米を頂いたので早起きしたついでに3合の米を炊きおにぎりを作って出勤しました。日本にいた頃は3食自炊、お弁当持参で役所にも行っていました。別に料理が嫌いなわけではないのです。
  日本にいると仕事と結婚、仕事と家事、仕事と出産・育児など否が応でも女性は選択を迫られます。私は仕事を選んでいました。一番なりたくない姿が「子供とテレビの話題しかないオンナ」だったせいでしょうか。友人の美人度は高いほうだと思いますが、三十路を過ぎて全員独身です。給料の安さとペースの遅さに目をつぶれば職業を持ち続けたい女性のタイ生活はまんざらでもないと思います。メーバーンと呼ばれる掃除・洗濯、家事、育児なんでも請け負う家政婦も簡単に見つかります。
  それにしても眠い。。今日の第一課題はタイの役所から出された書類翻訳、エージェントから催促されているツアープログラム作り。ウォーミングアップだけで息切れしています。
  お問い合わせいただいているドル買いの件ですが、焦って買いました(111円)。やはり買ってしまったあとでまた少し円高です。



※その後、10月9日現在終値が109円です。。。トホホ

9月28日「人が死を納得する瞬間」

  午後5時に出勤してきました。午前中は惰眠を貪っていました。昨日までの約1週間日本人の葬儀に張り付いて通訳兼雑用係りをしたのですが、寝ても寝ても疲れが取れません。
  疲れた要因はふたつ。ひとつめは責任者不在の葬儀だったためです。通常親戚縁者が集まり準備、式の進行、各種手配を手分けして行ないます。今回は故人が日本人、奥さんがアカ族、子供は成人していますがまだまだ世間知らず、といった特殊な環境でした。タイ側の親族も一人もやってきませんでした。また信仰する宗教がタイ仏教ではなかったため町内の人もどう手助けしていいのやらカイモク見当がつかなかったのです。仕事がら月に2,3度は通夜や葬式に出席しています。式次第もひと通り頭に入っています。タイ仏式独特と思われる箇所は省き、長女と協力してなんとか葬儀らしいものを済ませました。火葬場までの交通整理は行政側に担当してもらいました。
  タイ仏式の本葬は華やかに飾り立て表彰式や卒業式のような雰囲気です。花で囲まれた遺影の前で飽きるまで写真撮影し、火葬用の建物に棺が運び込まれたところで三々五々帰っていきます。翌日午前親族のみ集まり骨を拾います。今回は宗教上の理由なのか金銭上の都合なのか定かではありませんが、目の前で棺が焼かれました。両脇にコンクリートブロックを5段ほど積み上げただけの簡素な釜に薪と古タイヤを組み、その上に直接棺を置き火がかけられました。信仰を同じくする人達が30人ほど残りお経を唱え続けます。
  1時間半その儀式は続きました。仕事ですから帰るわけには行きません。その宗教を信仰していませんからお経を一緒に唱えることもできません。ただただ待ちました。棺の中に火が回り、傾き崩れ、コンクリートブロックの下に沈むまで見ていました。故人の2人の弟妹はビデオカメラを回し続けました。
  ガンジス川で人の焼かれる姿を見た人も今の私と同じ心境なのでしょうか。



遺影を囲んでハイチーズ。タイ仏式葬儀(タイ人社長の母親)。写真は交通整理に集まった警官たち

 

9月30日 「久しぶりの日本です」

  といっても帰国したわけではありません。1週間ほどチェンライに滞在されている日本の方とアカ族の親族、私の友人で日本料理を食べてきました。日本人女性がどうもタイ料理に飽き飽きしているのではないかと思いお誘いしたのですが、その通りだったようです。1週間ぶりの和の香りに感激されていました。男性のほうは職業が料理人ということもあり出されるタイの味になんでも興味を持って挑戦されている感じです。
  夕食をとったのはチェンライで唯一の日本料理屋です。群馬県出身の日本人のご主人とチェンライ人の奥様で切り盛りされています。午後6時に入店したときは空席だらけでしたが1時間ほどで満席に、客層も日本人に限らずタイ人カップル、家族連れとなかなかの人気店のようでした。店内には相撲の番付表や写真が貼られ、NHKが流れています。
  10年以上も前にプーケットの日本料理屋でがっかりして以来タイでの日本料理に期待していませんでした。このお店は日本の定食屋さんの味がします。私の乏しい海外日本食経験の中でナンバーワンのお店です。値段は150B〜200B、昨日はビールも2,3本のみ6人で1,120B(3,300円)でした。
  チェンライ市内中心部からトゥクトゥク40B、リトルダックホテル手前、「文月」というお店です。帰りは歩いて帰りました。J.トラベルまで40分。

 

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